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被疑者2
当時、通信会社に勤めていた麗奈は、たびたびメディアにも露出する人気の広告塔だった。それ故か悪質なストーカーに付きまとわれ、最終的には殺される寸前までエスカレートし、約一か月間、警察の警護がついていた。
そんな目にあったにもかかわらず麗奈の精神状態は至って普通だった。犯人が逮捕された後、麗奈はしばらく休暇を取るため、あえて心療内科に通う事にした。数回、通って診断書をもらい、三ヶ月ほど海外へバカンスにでも出かけるつもりだった。
最初の医師は女性だった。それは被害者に対する気遣いからだろう。その女性医師は主治医として誠心誠意、診察にあたってくれた。だが、三回目の診察の日、たまたまその主治医が、風邪で欠勤していたため、麗奈と主治医の了解をとって、その日は川島という男性医師の診察を受ける事になった。
麗奈は精一杯、ストーカー被害者の演技をした。正直、女性より男性の方が遥かにだましやすいと思っていた。だが、ものの数分で麗奈の演技は見破られてしまった。
川島医師は、カルテを見ながらじっと麗奈の話に耳をかたむけていた。
麗奈は話しながら川島を観察した。三十代後半だろうか? まあまあのイケメンでセンスも悪くない。麗奈は川島とは目を合わさず、彼が着けていたパネライを見ながら話しを続けた。自分がどんなに怖い思いをしたか。今でも、夢をみるので夜も眠れないと……
麗奈の話が終わると、川島はしばらく麗奈の顔を見てから軽く微笑み、その後、机に向き直り、静かに言った。
「診断書は書いておきましょう。どのくらい休みたいのですか? 一か月ですか? 半年?」
「え?」麗奈は驚いた。まさか……ばれている?
「現職に復帰の予定であれば、一ヶ月~三ヶ月位が妥当かと思います。ですが、辞めるつもりなら、半年~一年で書きますよ」
「え?」
「佐島さんのお勤め先は大手の会社のようですから、お休みの間も、それなりの保障がでるのでは?」
「先生……私……」
「佐島さん、貴女の仮病について、とやかく言うつもりはありません。貴女がストーカー被害にあっていた事は事実ですし、今回のケースではPSDに陥っても不思議ではありません」
穏やかな口調であったが、川島医師の言葉は麗奈の心に突き刺さった。
「先生……どうして私が仮病だと……」
「う~ん……企業秘密だけれど、少しだけお話しましょう」川島医師が微笑んだ「貴女は待合室で化粧を直していた。あえて地味に見せる化粧は高得点ですが、お化粧直しは減点です。いえ、化粧直し自体は問題ありませんが、その時の表情です」
「あっ……」男性医師を意識しての事だったが、既に見られていたのか……
「服装も普段着っぽくてよかったのですが、スニーカーまでのコーディネートが完璧すぎます。更には貴女の話し方、目線……どれをとっても……」
「わかりました。もういいです……先生のおっしゃる通り仮病です……」
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