67人が本棚に入れています
本棚に追加
ホワイト興産2
小松と対面して座る武男の左側に、三人が立っている。武男に言われて鳴沢が隣の席に座ったが、小松の舎弟達は後ろに手を組んで、その場に立ったまま動かない。
「落ち着かないから、お前らも座れ」武男の言葉を無視して二人は立っていたが、小松の目くばせで、二人共、鳴沢の対面に座った。
ダークグレーのシャツにブルーのネクタイ、そして薄いブラウンの眼鏡といういで立ちの武男。スーツだがノータイで太いゴールドの平打ちネックレスをした剥げ頭の鳴沢。傍からみたら、この二人を誰も警察官とは思わないだろう。誰がどう見てもヤクザの会合だ。こんなシリアスな場面であったが武男は可笑しかった。
「ホワイト興産。この中で、知ってる奴はいるか?」その問いに誰も答えなかった。知っているはずはないだろうという目で周りを見回してから小松は話し始めた。
「六年前、雅子が事故で亡くなったのは知っているな」小松は武男に話しかけている。
「ああ、覚えている」
あれは悲惨な事故だった。確か八月――早朝、東金有料道路で起きた玉突き衝突事故だ。酒酔い運転で暴走したダンプカーが前車のミニバンに衝突。ミニバンは更に前車の乗用車に衝突。乗用車はスピンを繰り返してガードレールに激突し、運悪く炎上。ミニバンはそのままダンプに押される形で、ダンプカー諸共二〇メートル下の一般道に落下した。ダンプのブレーキ痕はガードレールを突き破る直前についていた。つまり、ダンプの運転手は、その時点(落ちる寸前)で初めて事態に気が付いたと思われる。ミニバンには夏休みを利用して九十九里の海水浴場に向かっていた家族四人の親子が乗っていた。救急車とパトカーが現場に到着した時、トラックの運転手は呆然とその場に立ち尽くし、駆け付けた警察官と目が合うと、いきなり車道に飛び出し、走ってきた車に跳ね飛ばされて死亡した。後の解剖で、この運転手から大量のアルコールが検出されている。この事故での生存者は一人もいなかった。武男は所轄の事故記録を読んだし、実際に現場にも行ったから覚えている。当時は数日間、ワイドショーのネタになっていたことも記憶している。玉突きされて炎上した乗用車を運転していたのは小松の妻、雅子さんだった。
「プリウスだった」小松が呟いた。「だからベンツにしろって言ったのに……あいつは、雅子は俺を理解していてくれた……と思う。貴方のようなバカでも、社会の役に立つ事はある。必要悪だと言っていた。でも、私には極道の妻を演じる事は出来ない。普通の主婦でいたいと……も言っていた。それでも、あいつは極道の妻として組を支えてくれていた」
少し間が空いたが、口をはさむ者はいない。舎弟の二人は涙ぐんでいる。
最初のコメントを投稿しよう!