ホワイト興産3

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ホワイト興産3

「あいつは子供をつくる事を拒んだ。ヤクザの嫁になった時点で、子供は諦めたと言っていた。俺も賛成した。子供の代わりに欲しいものがあるか? と聞いた時、あいつはプリウスと柴犬が欲しいと言った。ベンツを買ってやると言ったんだが断られた。まさか極道の妻がプリウスに乗ってスーパーに買い物に来るなんて誰も思わないだろうし、とにかくベンツなんてまっぴらだと言っていた」言い終えて下を向いた小松は小さく見えた。  警察官である武男が雅子さんの葬儀に出席することは無かったが、線香をあげに行った事がある。仏壇には、およそ極道の妻とは思えない、上品で優しそうな中年女性の写真が置かれていた。 「すまん……余計な事まで言っちまった。あの事故で、何かおかしい事に気づいたか?」小松がまた武男に問いかける。 「……」あの時、小松の女房が亡くなった事故だったので、武男は所轄に頼み込んで。資料を見せてもらったし現場にも行った。  確かに不振な点はあった。落下寸前までノーブレーキだった事。いくら酒に酔っていたからといって、前車に衝突したらその時点で気が付くだろう。ただ、この件に関して、所轄はこう結論付けていた。運転手はいわゆる脱法ハーブもやっていた可能性があると言うのだ。運転しながら吸っていたという事実は証明出来なかったものの、ダッシュボードから、ハーブが発見されている。さらに、かなりの飲酒。寸前まで意識が朦朧としていたとしても、不自然ではないという結論に達している。  もう一つ、ダンプの運転手(名前は思い出せない)は普段、それ程飲酒をするほうでは無いという事(同僚に確認済)なぜ、あの日に限って、明け方から大量の飲酒をして運転したのかは不明だった。運転手はたしか四〇代の男で、窃盗の前科があった。婚姻歴はなく、一人暮らし。友人もなく、小さなアパートで、地味な生活をしていたようである。自宅アパートから、数本の缶ビールとカップ酒が発見されたが、近所の聞き込みでは、アル中らしき様子は無かったという。運転手は過去に運転免許の取り消し処分を受けていたが、欠格期間終了後に再度、運転免許を習得していた。取り消しの原因は、度重なるスピード違反によるもので、飲酒によるものではなかった。運転手は死んでしまったのだ。運転手の死も、今となっては、事故なのか、自殺なのかははっきりしていない。彼には身内とよべる人間が一人もいなかったのだ。  多少の疑問は残るが、事故処理の状況から推察するに、雅子さんが亡くなったのは、巻き込まれただけの運が悪い事故だった。武男は何も言わずに、煙草に火を点けて一服した。 「まあいい。結論から言うとあれは、ただの交通事故じゃなかった。荻原(ダンプの運転手)はある人物に雇われて、いや、ハメられて、あの事故を起こす事を強要された。つまり、あの事故は故意だった」小松は武男の目を見据えたままゆっくりと話した。 「なんだって! 故意にお前の女房を殺したと言うのか?」 「ターゲットは雅子じゃない。あいつは巻き込まれただけだ。荻原のターゲットは沢村英二。ミニバンを運転していた男だ」そう言ってから小松も胸ポケットから煙草を取り出した。その瞬間、舎弟の一人が素早くライターを出して立ち上がったが、小松ににらまれて、またすぐに腰を下ろした。
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