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木下4
小出の説明によると、荻原は泥棒壁があり、過去三回、窃盗で挙げられ、服役経験もある。そんな萩原は、事故の二ヶ月前に、ある情報を元に江藤の事務所に窃盗に入った。それは、江藤による策略だったが、荻原本人は気づいていない。結果、ヤクザの事務所に窃盗目的で侵入した荻原は‘おとしまえ‘を払わされたのだ。元々叩けば埃の出る身の上であった為、荻原に選択の余地は無かったと思われる。ただ、事故後の荻原のうろたえ方から(自殺の可能性が高い)ターゲットが親子連れの家族とは聞かされていなかった可能性がある。用意周到な計画だ。
「どうやって、この情報を掴んだ?」武男の問いに皆、口をつぐんでいる。
「まあいい、情報元は誰だ?」
「江藤の昔の女です…」鳴沢が剥げ頭を撫でながら申し訳なさそうに呟いた。
「江藤の女だと?」
「はい…佐伯園子という四〇代の女ですが、今は神戸で小学校の教諭である夫と、三歳になる男の子と普通の暮らしをしています。絶対に迷惑をかけない。秘密を守るという条件で話してもらいました……」そう言って鳴沢は下を向いた。
「その女がお前に話したのか? 当時、警察にも話さなかった事を? 脅したのか?」武男は少しイラついていた。部下達にではなく、当時捜査をした警察にだ。
「私よ。園子さんから話を聞いたのは私」そう言言いながら、麗子が会議室に入ってきた。と同時に三人が下を向いた。まるで、いたずらがバレた小学生のようだ。
「何だと!」武男は思わず拳を握りしめた。
5
「私は怒っています! ボスにも皆にも……そして……感謝もしています。でも……私もチームの一員です。それからボスも、皆も勘違いしているようですが、私は出世とか一ミリも考えていませんから!」
真っ先に目を伏せた小出を睨めつけたが、そんな武男を睨み返して麗子は続けた「結論から言うと、佐伯園子さんは具体的な内容を知っていたわけではありません。ですが、荻原が江藤の事務所に窃盗目的で侵入した事、それを手引きしたのが江藤達であった事を証言してくれました」麗子の口調はキツい。
武男は、麗子の処遇について考えを巡らしてみたが、今さら、彼女をのけ者にする事は得策ではないという結論に達し、諦めて続きを促した。佐伯園子から証言を引き出す事ができたのは、多分、麗子だったからだろう。
「まあ当時、工藤の愛人だった佐伯園子が工藤の事を警察に売るとは思えないか……ほとぼりの冷めた今なら……懺悔でもするつもりで……」そう言った武男の言葉を遮って麗子が補足した「彼女は好きで江藤の愛人になった訳ではありません。詳しくは分かりませんが、なにか弱みを握られていたようです。江藤の愛人になる前は違法なデート商法のサクラをやっていたようですから」
「その事が警察にバレるのを恐れたから?」
「いえ当時、警察に話そうと思ったらしいのですが、もし、密告者が自分である事がわかったら、必ず殺されるから、話せなかったと言っていました」
「関係者が皆死んで組も無くなった後なら」武男が言いかけた時、また麗子が言葉を遮った「彼女はホワイト興産と思われる人物と接触しています」
「なんだって! 佐伯園子はハリー達に会っているのか?」
「ハリー?」麗子が首を傾げた。
「佐伯園子が会ったのは一人、小松と会っていた男と同一人物だと思われます」小出が答えた。
「ハリー達が何人いるのか分かりませんが、小松と会っていた木下という男が、被害者、もしくはその関係者に接触する役割なのではないかと推測されます。事故で亡くなった沢村英二の身内、及び妻である多香子の身内にも証言を取ろうと試みたのですが、こちらは、誰一人口を開こうとする者はいませんでした。その誰もから‘絶対に話さない‘という強い決意が感じられましたが、彼等はハリー達に会っていると確信できました」小出が言った。
「確かか?」
「確かだと思います」麗子だった。
「佐伯園子からその証言をとれたのは奇跡的だと思います。クインだったから…」そう言って小出が下を向いた。
「で、麗子、佐伯園子は木下と何を話した?」
「はい。それについては彼女も多くを語ってはくれませんでしたが、取引をしたようです」
「取引?」
「はい。お前を江藤から解放してやる。確実に、生涯にわたって安全に解放してやるから、知っている事を話せと、言われたらしいです」
「生涯にわたってか……」
「はい……佐伯園子は当時、江藤の事を殺したいほど憎んでいたと言いました」
「佐伯は木下が殺し屋だと知っていたのか?」
「さあ、わかりませんが、その男には感謝しかないと言っていました」
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