序章  私と婚約者と義理の妹

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序章  私と婚約者と義理の妹

 それは私とセブランが十八歳になった春の出来事―― 私達はガゼボの中にいた。 「愛しのレティ、どうか僕と婚約してください」 私、レティシア・カルディナは幼馴染で子供の頃から大好きだったセブラン・マグワイアに紫色のバラの花束を差し出してくる。 セブランが私の前で片膝をつき、婚約を願い出てくれるその姿をどれほど夢見ていたことか……けれど、それはもう過去の話。 今は悲しい気持ちで彼の言葉を聞いている。でも、それは私が心変わりをしたからではない。セブランを愛する気持は今も変わりは無いのだから。 ただ……変わってしまったのは―― 「ありがとう、セブラン。貴方からの求婚のお願い……謹んでお受けいたします」 手を伸ばし、彼が差し出したバラの花束を受け取るとセブランに安堵の表情が浮かぶ。 「あぁ、良かった……レティ。君に断られたらどうしようかと思っていたよ」 立ち上がったセブランは笑みを浮かべながら私を見る。でも、私には分かる。彼が無理に作り笑いをしていることを。 何故なら私はずっと子供の頃から彼に恋をしていたのだから。 「まさか、断るはずないでしょう?」 バラの花束の香りを嗅ぎながら返事をする。 「もう、君のお父さんには婚約の話は済ませてあるんだ。それで二人の婚約式はいつにしようか?」 太陽を背に、私に話しかけるセブランのダークブロンドの髪がキラキラと光っている。アンバーの瞳のセブランの目は優しい。 「ええ、そうね。いつにしましょうか……」 そのとき―― 「レティ、セブラン。二人とも、ここにいたの?」 声が聞こえ、振り向くとそこにはホワイト・ブロンドの長い髪に青い瞳の女性。私の腹違いの妹であるフィオナの姿があった。もっとも妹と言っても、彼女と私の年齢は半月程しか離れていない。 「フィオナ、こんにちは。今日もお邪魔していたよ」 途端にセブランの顔に笑みが浮かぶ。 「ええ、お待ちしていたわ。セブラン様」 フィオナはセブランに笑いかけ、次に私を見た。 「まぁ、レティ。とても素敵な紫のバラね。貴女と同じ瞳だわ。もしかしてセブラン様にもらったの?」 「ええ。彼から頂いたの」 私は小さく頷くと、セブランはフィオナに話しかけた。 「フィオナ、それなら君にもバラの花束をあげるよ。フィオナの瞳は海の色のように青く美しいから青色のバラなんてどうだろう?」 セブランは熱を持った瞳でフィオナを見つめている。その頬は少しだけ赤みがある。 「え……? でもそれは悪いわ。だって私はセブラン様から花束をもらう資格はないのよ? だって。貴方はレティと……」 そしてフィオナはチラリと私を見る。……ここは私が察しなければ。 「私、バラが枯れるといけないから花瓶に活けてくるので、お先に失礼するわね」 背を向けて立ち去ろうとしたところ、セブランから戸惑いの声で呼び止められる。 「え? レティ?」 そこで私は振り向いた。 「フィオナ、私の代わりにセブランのお相手をお願いね」 「ええ、分かったわ。セブラン様。それではこちらで私と一緒にお話しませんか?」 フィオナは頷くと、すぐにセブランに声をかける。 「うん、そうだね」 セブランの顔はとても嬉しそうだ。 「それではごゆっくり」 私は声をかけるも、もう二人はすでに互いの話に夢中になっているのか返事をするどころか、こちらを見ようともしない。 「そういえばセブラン様、私この間町でとても美味しいケーキ屋さんを見つけたのよ。そのお店は飲み物もとても美味しかったわ」 「そうなのかい? 一度行ってみたいな」 「なら、今度一緒に行きましょう。いつがいいかしら……」 二人の楽しげな会話を背に、私はその場を去っていった。 ****  人気のない長い廊下を歩いていると、前方から二人のメイドを引き連れた女性がこちらへ歩いてくる姿が目に入った。 「あ……」 思わず足を止めると、女性も私に気づいたのか笑みを浮かべてまっすぐこちらへ近づいてくる。そして私の前で足を止めるとニコリと笑いかけてきた。 「あら、レティシア。とても美しい花束を抱えているわね? もしかしてセブランからもらったのかしら?」 彼女は私の義理の母。イメルダ・カルディナ伯爵夫人でフィオナの母親で娘と同様に美しいホワイト・ブロンドの髪の持ち主だ。 「はい、そうです。彼から頂きました」 「そうなのね……ひょっとすると婚約の申し出の話があって貰えたのかしら?」 「そのとおりです。セブランから本日婚約の申し入れがありました」 「……ふ〜ん。そう……それで? フィオナの姿を見なかったかしら?」 興味がなさそうに返事をすると、意地悪な質問をしてくる。 「フィオナでしたら、おそらくガゼボにいると思います。お花を花瓶に活けてきたいので、私はこれで失礼します」 お辞儀をすると、私は再び歩き始めた。 「全く……立場が逆だったらフィオナが選ばれたのに……」 すれ違いざま、義母がポツリと呟いた台詞が耳に飛び込んでくる。 明らかに私に聞かせる為に意図的に口にしたのであろう。けれど、私は聞こえないふりをしてそのまま自分の部屋へと向かった。 ――パタン 扉を閉じると、ようやく安堵のため息が口から漏れる。 「きっと、本当はお父様も私ではなくフィオナがセブランの婚約相手だったらいいのにと思っているでしょうね……」    そう思うと、なんだか無性に悲しい気持ちがこみ上げてきた。 「う……うぅ……」  私は、セブランがプレゼントしてくれたバラの花束を抱えたまま涙を流してその場にうずくまった――
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