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豆太
帰宅すると忙しなくパンプスを脱ぎ捨てる。両手には仕事帰りに寄ったスーパーで買ったものを入れているエコバッグがふたつ。たくさん買ったせいで重くて途中から肩から下ろして両手に持っていた。
家には愛しのペットがいるため、買い物が余計に多くなる。優花は荷物の重さは愛の重さに感じていた。だから辛くはなかった。
「ただいま、遅くなっちゃったね」
暗い部屋に向かって声をかけると、奥からジャラジャラと音を鳴らしながら大好きなペットの豆太が出迎える。白い肉球模様が入った黒いレザーの首輪をつけて飼い主の優花を見つめている。優花は豆太の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「いい子にしてた?」
その言葉に答えるように嬉しそうな表情を浮かべる豆太に愛しさが溢れ出す。豆太の鼻にキスをして、先程撫でた時に乱れた黒い毛を整えるように優しく撫でた。
豆太は優花を真っ直ぐに見つめている。その真っ黒な瞳にはハッキリと優花が写し出されていた。
優花は玄関から部屋に入りキッチンへと向かった。そして荷物を置いて、手首に引っ掛けていたヘアゴムでベージュカラーの長い髪の毛を低い位置でお団子結びにしてから、買ってきたものを片付け始める。
「お腹空いたよね、私もペコペコだよ。ご飯作るからね」
その言葉の後に豆太は口から唾液を流し出した。優花はすぐに気がつくと、ティッシュを手に取りニコニコとしながら豆太の口周りを拭う。
「そんなにお腹空いちゃったの?じゃあすぐに準備しないとね」
優花が片付けを再開すると、豆太は大人しくキッチンの端にぺたりと座る。そして優花のことをずっと眺めている。
優花は料理が好きで、ほぼ毎日自炊をしていた。忙しい日でもなるべくは手料理、それがこだわりだった。明日は仕事の関係で帰りが遅くなるからと、二日目も美味しく食べられるカレーを作る予定だ。
用意した人参やじゃがいもの皮をむいて、一口大に切り分ける。毎日料理をしてるだけあり手際がいい。
「豆太、今日はどう過ごしてたの?」
料理をしながらたまに豆太と目を合わせては声をかける。豆太は答えることは無いが、それでも優花は満足だった。手が空いたタイミングで豆太に近づいて座りこみ目線を合わせる。すると豆太はウー、と小さな声を出した。
「うん、いい子にしてたんだね。もうすぐご飯だから一緒に食べようね。今日は大盛りにしちゃおっか」
そう言って元の位置に戻り料理を再開する。豆太は変わらず優花の事をじーっと見つめては健気に待っていた。たまに体勢を変えてはジャラジャラという音を立てながら。
◇◇◇◇◇
「よし!ご飯完成したよ」
テーブルの上にはカレーがよそってある器がふたつ、向かい合うように並べられていた。そして真ん中には和風ドレッシングがかかったレタスメインのサラダがある。スプーンや箸も二人分用意されている。
ひと通りの支度を終えた優花は、キッチンの端に座る豆太の目の前に行き、しゃがんで豆太の頭を撫でた。
「今日はカレーだよ。豆太、好きでしょ?」
優花がそう聞くと、豆太は数回大きく頷いた。それを見て嬉しそうに微笑みながら、豆太のことを抱きしめる。そして頭の後ろに手を回すとカチャカチャとベルトを外す。
「ッハァ……」
「大丈夫?さっきはヨダレが溢れちゃってたね。まだ慣れない?」
「少しだけ。優花ちゃんが話しかけてくれるのに答えられないのはもどかしい……けど、その気持ちが新鮮でよかったよ」
「……もう、豆太は本当にペットの素質があるね。可愛い可愛い私のペット」
外した猿轡から唾液が垂れ流れる。豆太の頬にはベルトの痕がついていた。少し凹んで紅潮する頬は優花にとっては愛しいと思えて仕方がない。
豆太は口の周りに付着した唾液を手首で拭おうとしたが、手錠が邪魔をして上手く拭えなかった。豆太の右手首と右足首には鎖が繋がれていた。その鎖はベッドに繋がれており、チェーン自体が長い為、家の中は移動できるものの玄関までしか行けないようになっていた。豆太が手足を動かす度にジャラジャラと音を鳴らしている。
「いい匂い……優花ちゃんが作るカレー大好き。久しぶりで嬉しいなぁ」
「そう言って貰えて嬉しい、カレーにしてよかった」
豆太は優花のひとつ年下の彼氏である。身長は 百六十五センチの優花とそう変わらず、体格は華奢で目にかかる前髪で顔が隠れ気味だ。
優花の事が好きすぎるあまりにこの特殊な癖に付き合わされてる事すら幸せで堪らなかった。これも優花の愛情表現なのだと全力で受け入れていた。
「……豆太、朝からずっと猿轡つけてたから頬が赤いね。私的には興奮するんだけど、豆太は嫌じゃないの?流石に無理やりすぎることはしたくないから」
優花は豆太の頬についた痕を優しく指先でなぞりながら、眉を下げて心配そうに見つめた。豆太は優花の指に頬をスリスリと擦り付けながらニッコリと笑顔になる。
「僕は優花ちゃんにこういう扱いされるの、幸せだよ?僕のこともっともーっと好きにしていいんだよ?ねぇ、優花ちゃん。一日いい子にしてたからヨシヨシしてくれる……?」
「豆太……嬉しい。大好き。ヨシヨシ、いい子だね。可愛い私の豆太……」
優花は豆太をギュッと抱きしめながら頭を撫でた。豆太も抱き締め返して気持ちよさそうに目を瞑った。
「私のペットは豆太しかいない、これからもずっとずぅーっと、私の従順で可愛いペットでいてくれる?」
優花がそう聞くと、豆太は抱き締める力を強くした。
「もちろん。僕は優花ちゃんの彼氏であり、従順なペットだよ。優花ちゃんも僕だけのご主人様でいてね」
「もちろん。これからもよろしくね、豆太」
二人は腕を解くと、そのまま顔を近づけて口付けを交わした。お互いがめつく舌を絡めては甘噛みをし合っている、激しく積極的なキスだった。どちらかがそのまま舌を食べてしまいそうな勢いだった。
「ん……、ねぇ優花ちゃん……。カレー、冷めちゃうよ」
「……また温めるから。今はご主人様の愛情を受け止めて?」
豆太の返事を聞く前に唇を塞いだ。
カレーの匂いがするキッチンにはリップ音と鎖の擦れる音が響いていた。
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