けものと花たち

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「さなみちゃんって、肌があぶらぎってるよね」  と、だれかに言われたわけじゃない。  けれど、言われるようになるのは時間の問題な気がしている。ひたいや頬が、てかてかとしてきているのだ。ある日の夕方、洗面所の鏡にかじりついてそんな自分を見ていた。 「どうしよう。顔、あぶらぎってる」  そのことなら、母にも言える。  身体の毛は恥ずかしいけれど、あぶらは、それほど生々しいとは思わない。 「しょうがないよ、そういう年ごろなんだから」  おとなの言う気休めの文句のうちで、「しょうがないよ」が、五番目か六番目ぐらいにさなみはきらいだ。 「でも、なんとかしなきゃ生きてけない」 「ちゃんと洗うしかないでしょ。でも洗いすぎたらダメだからね」 「じゃあ、いちばんいい洗顔フォーム買って」 「いちばんいいのは威力が強すぎて肌に悪いから、ダメ」  母のこの理論も、きらいだった。石鹸でもシャンプーでも、値段が高ければ高いほど強い成分が入っていて身体によくないというのが母の持論で。効き目があるのがなによりもまずだいじなんだから、強くていいじゃないかと思うのだけれど、さなみに日用品のラインナップを選択する権限はない。家の中は、中途半端な価格帯のものばかりであふれている。  前髪をクリップでとめる。まだ入浴には早い夕方だけど、顔が気になって気になるから、洗顔フォームを泡だてはじめる。 「洗いすぎるんじゃないよ」  恥ずかしくて閉じた洗面所のドアの外から、母の声。 「んー」  うなるような相づちをうつ。もうわかってるのに、うるさい。厚い泡で顔を包み、触れるか触れないかの感じで洗う。すすぎ落としてタオルで水気をとり、肌に軽く手で触れてみる。そんなにすっきりした感じもしない。  鏡の中を見つめる。  少しずつ、おとなになるのだ。みんなも、わたしも。おとなになることはきれいになっていくことと同じだと思っていたのに、でも、なぜだかそうはなっていかないみたい。もともと動物みたいだった部分はもっと動物っぽくなって、動物っぽくなかった部分まで、あらたに動物っぽくなってきているみたいで。  鏡に向かって、手ですくったぬるま湯を投げてやる。  お湯はすぐにだらりとくずれて、逃れようもない自分自身があらわれた。
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