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不穏…
なにやら、不穏の予感がした…
あるいは、このときに気付くべきだったのかも、しれん…
この後、なにか、あると、気付くべきだったのかも、しれん…
が、
私には、わからんかった…
さっぱり、わからんかった…
さっぱり、気付かんかった…
まあ、いつものことだ(苦笑)…
が、
ふと、サロンバスの窓から、外を見ると、アムンゼンを乗せて、やって来た、あの金色のロールスロイスが、見えた…
この矢田の細い目の視界に、入った…
私は、驚いた…
まさか、窓の外で、金色のロールスロイスを見ることになるとは、思わんかったからだ…
私は、慌てて、
「…アムンゼン…オマエ、護衛を外に配置しているのか?…」
と、小声で、聞いた…
まさか、いくらなんでも、そんなことを、大きな声で、聞けんからだ…
「…それは、当然です…」
アムンゼンが、さも、当たり前のように、言った…
「…彼らの任務は、ボクの護衛です…ですから、一刻たりとも、ボクの身から、離れることは、ありません…」
「…なんだと?…」
「…そもそも、彼らは、ボクの護衛のために、祖国サウジアラビアから、この日本に派遣されてます…彼らの任務は、ボクの護衛…それだけです…」
「…それだけだと?…」
「…ハイ…」
と、あまりにも、あっさりと、アムンゼンが、言うものだから、私は、唖然としたというか…
あらためて、この矢田と、アムンゼンの違いを、思った…
この矢田ならば、間違いなく、外に、このサロンバスと同じ速度で、ロールスロイスを走らせて、自分の後を追わせることなど、できない…
これは、いいとか、悪いとか、言うことではなく、感覚的にできないのだ…
例えば、この矢田が、この日本の総理大臣になっても、そんなことをすれば、迷惑とまでは、言わないが、頭が下がる…
同時に、気恥ずかしくなる…
なぜなら、自分は、そんな偉い人間でも、なんでもないからだ…
だから、嫌…
そんなことを、されるのは、嫌だ…
まるで、自分が、からかわれているような気分にさえ、なる…
だが、このアムンゼンのように、生まれつき、身分が高い者は、そんなことには、慣れている…
むしろ、護衛をつけずに、外出する方が、おかしいというか…
ありえないことなのかも、しれんかった…
だから、こんなときに、いつも、私は、生まれの差を感じた…
なぜなら、私は、今、葉尊といっしょにマンションに、暮らしている…
それは、私には、身分違いの億ションだ…
豪華、極まりない…
元々は、私の夫、葉尊の父である、葉敬が、日本に持っていた、マンションの一つを、葉尊に与えて、私と葉尊の新居にしたものだ…
私は、葉尊と結婚して、最初に認識したのは、葉尊と私は、金銭感覚が、違うということだった…
これは、当たり前…
考えてみれば、当たり前だ…
葉尊は、台湾の大企業、台北筆頭の御曹司…
片や、この矢田は、一般人だからだ…
大金持ちと一般人が、同じ金銭感覚のはずもない…
そして、これは、私と葉尊の例だけでなく、誰もが、同じ…
この矢田と同じだ…
誰もが、結婚すれば、相手と、自分の価値観の違いを知るというか…
これは、同棲でも、同じだが、いっしょに、暮らしてみて、初めて、わかることがある…
その中で、金銭感覚の違いは、最も、顕著に現れるものだ…
いっしょに、買い物をして、なにかを、買う…
自分は、コレが当たり前だと、思ったとしても、自分のパートナーから、すれば、安かったり、高かったり、するものだ…
それを、きっかけに、それぞれの育った家庭環境の違いを考えるものだ…
家庭の金銭事情を考えるものだ…
わかりやすい事例で、言えば、年収、三千万円の家庭と、年収五百万円の家庭が、同じ生活をするわけがないということだ…
当然、買うものが、違う…
当たり前のことだ…
年収五百万円の者が、年収三千万円の者と同じように、お金を消費すれば、瞬く間に、破産するだろう…
だから、当然、年収五百万円の者は、年収三千万円の者に比べ、安物を買う…
当たり前のことだ…
そして、そんな男女が、いっしょに暮せば、初めて、自分たちの違いがわかる…
私は、葉尊といっしょに暮して、その違いを痛感した…
が、
実は、そんなことは、最初から、わかっていた…
そんなことは、最初から、織り込み済みだった…
なにしろ、この矢田は、平凡…
平凡な家庭の出身だからだ…
だから、台湾の大富豪出身の葉尊と違うのは、当たり前…
だから、驚くことでも、なんでもなかった…
が、
これが、一般人だったら、どうだろう?
仰天したと言えば、おおげさだが、やはり、その違いを知ると、愕然とするだろう…
そして、その違いを受け入れることが、できるか、否か?
あるいは、夫婦や恋人が、その違いを、互いに、許容して、互いに相手に歩み寄れるか、否か?
それが、できるか、否かで、今後、二人が、恋人の関係を続けていけるか、否か、あるいは、夫婦の関係を続けていられるか、否か、決まるだろう…
私は、思った…
そして、思いながら、このアムンゼンを見た…
もしかしたら?
もしかしたら、このアムンゼンは、その違いを、今、楽しんでいるのかも、しれない…
ふと、思った…
この日本にいながら、サウジ本国にいたときとの違いを、楽しんでいるのかも、しれない…
ふと、考えた…
もちろん、セレブの子弟が集まった保育園だ…
皆、金持ちの子弟の集まりだ…
だが、このアムンゼンは別格…
別格の大金持ちだ…
だから、このセレブの子弟の中に、入るのも、ひょっとして、大変なのかも、しれない…
他の金持ちのセレブの中でも、一段とセレブの家庭に育ったから、他のセレブの子弟たちと、感覚が、違うからだ…
が、
真逆に言えば、このセレブの子弟の集まりだから、このアムンゼンは、我慢できる…
なぜなら、これが、日本の平凡な保育園ならば、まさに、平凡な、家庭の子弟が多く集まるから、カルチャーショックが、大きい…
億万長者の子弟が、年収五百万円の子弟が多く通う保育園に、いっしょに通えるかと、いうと、多いに、疑問が湧く…
それと、同じだ…
だから、ひょっとして?
ひょっとして、このアムンゼンを、日本のセレブの子弟が、通う保育園に、入れたのは、そんな事情を考慮して、サウジの関係者が、入れたのかも、しれない…
私は、そんなことに、気付いた…
今さらながら、気付いた…
そして、それを、思うと、深謀遠慮というか…
実に、用意周到…
先の先まで、見通す、アラブの知恵を考えた…
考えずには、いれんかった…
私は、いつのまにか、腕を組み、考え込んでいた…
…そうか?…
…そういうことか?…
内心、唸った…
やはり、アラブ人は、違う…
この矢田とは、違う…
私は、アラブの知恵について、思いを馳せた…
すると、だ…
「…矢田ちゃん、なんで、腕を組んで、ウンウン唸っているの?…」
と、マリアが、聞いて来た…
私は、いつものように、
「…なんでもない…なんでもないさ…」
と、言いたかったが、言えんかった…
なにしろ、マリアは、まだ3歳…
そんなふうに、ごまかすことが、できんかった…
子供相手に、そんなふうに、ごまかすことは、悪いと、思ったからだ…
だから、
「…世の中、頭のいいひとが、いるものだ、と、思ったのさ…」
と、言ってやった…
「…矢田ちゃん、どういうこと?…」
「…このサロンバスさ…」
「…サロンバスって?…」
「…こんなふうに、豪華に改造して、乗ることなんて、考えも、せんかったさ…さっき、このアムンゼンが、言ったことを、思い出したのさ…」
「…そうなんだ?…」
「…そうさ…」
私は、言いながら、このアムンゼンを見た…
「…私は、日本人だから、わからんかったが、このアムンゼンのように、他の国から、やって来れば、わかることが、いっぱいあるものさ…」
「…そうなんだ?…」
「…そうさ…灯台下暗しさ…あまりにも、自分の身近にあることは、誰もが、気付かないものさ…そして、それは、マリアも、いっしょさ?…」
「…いっしょ?…」
「…そうさ…マリアの母親も、リンダも、物凄い美人…滅多に、お目にかかれないさ…でも、マリアのように、身近にいれば、そんなことは、気付かんものさ…当たり前だと思うものさ…」
私が、しみじみと言うと、隣のアムンゼンが、私と同じように、腕を組み、頷いた…
「…矢田さんのおっしゃることは、わかります…」
と、私に同意した…
「…金髪碧眼の美女二人…あんな美女は、滅多にお目にかかれませんよ…」
アムンゼンが深く頷いた…
「…まあ、ボクが、大人になれば、あんな美女を身近に、はべらかせて、業務を遂行する…それが、夢ですね…」
「…夢?…」
「…そうです…男たるもの、美女を傍らに置いて、酒を飲んだりすることは、まさに、至福のひとときです…」
アムンゼンが、告げる…
私は、それを、聞いて、深く、頷いた…
深く、同意した…
それは、この矢田も、同じ…
同じだった…
長身のイケメンを傍に置いて、酒を飲む…
それだけで、酒の味が、二倍にも、三倍にも、うまく感じる…
そういうことだ(笑)…
私とアムンゼンは、深く、気が合った…
…同士…
そう、思った…
この矢田とアムンゼンは、同士…
同じ考えを持っている…
同じ思考形態を持っている…
だから、同士…
アラブの至宝と、この矢田は、同士だ…
それに、気付いた、この矢田は、
「…アムンゼン…握手してやるさ…」
と、私は、アムンゼンに、手を伸ばした…
「…どういうことですか? …矢田さん?…」
「…オマエと私は、同じさ…」
「…なにが、同じなんですか?…」
「…ルックス重視…イケメンが好き…美女が、好き…同じさ…」
私が、告げると、アムンゼンが、絶句した…
「…ボ、ボクが、矢田さんと、同じ?…」
「…そうさ…」
「…だったら、その手はなんですか?…」
「…オマエを、認めてやった証(あかし)さ…私とオマエは、同士さ…」
「…ボクと、矢田さんは、同士?…」
「…そうさ…同じように、パートナーにルックスを求める…同士さ…だから、握手してやるのさ…」
「…ボクと、矢田さんが、同士?…」
なぜか、目の前のアムンゼンが、見る見る落ち込むのが、わかった…
「…どうした? アムンゼン?…」
「…ボクと矢田さんが、同士?…」
ブツブツと、小さな声で、繰り返した…
「…そうさ…それが、どうかしたのか?…」
「…どうかしたと言われましても…」
アムンゼンが、なぜか、下を向いて、落ち込んでいた…
私は、アムンゼンが、心配になった…
なにか、悪いものでも、食べたのかと、心配になった…
「…どうした? …アムンゼン? …大丈夫か? …今朝、なにか、悪いものでも、食べたのか?…」
私は、親身になって、聞いてやった…
が、
なぜか、その途端、マリアが怒り出した…
「…なに、アムンゼン? …アンタ、もしかして、私より、ママの方が、好きだって言うの?…」
なぜか、マリアが、烈火の如く、怒り出した…
「…ふざけんじゃないわよ!…」
と、言うなり、いきなり、マリアが、アムンゼンの横っ面をひっぱたいた…
私は、驚いた…
と、同時に、マリアの手を抑えて、
「…マリア…暴力は、いかんさ…」
と、マリアに言った…
すると、
「…そんなことは、わかってる…でも、アムンゼンをぶたなきゃ、その腐った性根は、治らないの!…」
と、マリアが、告げた…
「…く、腐った性根?…」
「…そうよ…」
マリアが、鬼のような表情で、告げた…
私は、怖かった…
実に、怖かった…
が、
それは、アムンゼンも同じだった…
驚愕の表情で、マリアを見ていた…
アムンゼン、30歳…
アラブの至宝と呼ばれた男が、わずか、3歳のマリアの軍門に下った瞬間だった(爆笑)…
<続く>
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