大道芸人への道 15

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 不穏…  なにやら、不穏の予感がした…  あるいは、このときに気付くべきだったのかも、しれん…  この後、なにか、あると、気付くべきだったのかも、しれん…  が、  私には、わからんかった…  さっぱり、わからんかった…  さっぱり、気付かんかった…  まあ、いつものことだ(苦笑)…  が、  ふと、サロンバスの窓から、外を見ると、アムンゼンを乗せて、やって来た、あの金色のロールスロイスが、見えた…  この矢田の細い目の視界に、入った…  私は、驚いた…  まさか、窓の外で、金色のロールスロイスを見ることになるとは、思わんかったからだ…  私は、慌てて、  「…アムンゼン…オマエ、護衛を外に配置しているのか?…」  と、小声で、聞いた…  まさか、いくらなんでも、そんなことを、大きな声で、聞けんからだ…  「…それは、当然です…」  アムンゼンが、さも、当たり前のように、言った…  「…彼らの任務は、ボクの護衛です…ですから、一刻たりとも、ボクの身から、離れることは、ありません…」  「…なんだと?…」  「…そもそも、彼らは、ボクの護衛のために、祖国サウジアラビアから、この日本に派遣されてます…彼らの任務は、ボクの護衛…それだけです…」  「…それだけだと?…」  「…ハイ…」  と、あまりにも、あっさりと、アムンゼンが、言うものだから、私は、唖然としたというか…  あらためて、この矢田と、アムンゼンの違いを、思った…  この矢田ならば、間違いなく、外に、このサロンバスと同じ速度で、ロールスロイスを走らせて、自分の後を追わせることなど、できない…  これは、いいとか、悪いとか、言うことではなく、感覚的にできないのだ…  例えば、この矢田が、この日本の総理大臣になっても、そんなことをすれば、迷惑とまでは、言わないが、頭が下がる…  同時に、気恥ずかしくなる…  なぜなら、自分は、そんな偉い人間でも、なんでもないからだ…  だから、嫌…  そんなことを、されるのは、嫌だ…  まるで、自分が、からかわれているような気分にさえ、なる…  だが、このアムンゼンのように、生まれつき、身分が高い者は、そんなことには、慣れている…  むしろ、護衛をつけずに、外出する方が、おかしいというか…  ありえないことなのかも、しれんかった…  だから、こんなときに、いつも、私は、生まれの差を感じた…  なぜなら、私は、今、葉尊といっしょにマンションに、暮らしている…  それは、私には、身分違いの億ションだ…  豪華、極まりない…  元々は、私の夫、葉尊の父である、葉敬が、日本に持っていた、マンションの一つを、葉尊に与えて、私と葉尊の新居にしたものだ…  私は、葉尊と結婚して、最初に認識したのは、葉尊と私は、金銭感覚が、違うということだった…  これは、当たり前…  考えてみれば、当たり前だ…  葉尊は、台湾の大企業、台北筆頭の御曹司…  片や、この矢田は、一般人だからだ…  大金持ちと一般人が、同じ金銭感覚のはずもない…  そして、これは、私と葉尊の例だけでなく、誰もが、同じ…  この矢田と同じだ…  誰もが、結婚すれば、相手と、自分の価値観の違いを知るというか…  これは、同棲でも、同じだが、いっしょに、暮らしてみて、初めて、わかることがある…  その中で、金銭感覚の違いは、最も、顕著に現れるものだ…  いっしょに、買い物をして、なにかを、買う…  自分は、コレが当たり前だと、思ったとしても、自分のパートナーから、すれば、安かったり、高かったり、するものだ…  それを、きっかけに、それぞれの育った家庭環境の違いを考えるものだ…  家庭の金銭事情を考えるものだ…  わかりやすい事例で、言えば、年収、三千万円の家庭と、年収五百万円の家庭が、同じ生活をするわけがないということだ…  当然、買うものが、違う…  当たり前のことだ…  年収五百万円の者が、年収三千万円の者と同じように、お金を消費すれば、瞬く間に、破産するだろう…  だから、当然、年収五百万円の者は、年収三千万円の者に比べ、安物を買う…  当たり前のことだ…  そして、そんな男女が、いっしょに暮せば、初めて、自分たちの違いがわかる…  私は、葉尊といっしょに暮して、その違いを痛感した…  が、  実は、そんなことは、最初から、わかっていた…  そんなことは、最初から、織り込み済みだった…  なにしろ、この矢田は、平凡…  平凡な家庭の出身だからだ…  だから、台湾の大富豪出身の葉尊と違うのは、当たり前…  だから、驚くことでも、なんでもなかった…  が、  これが、一般人だったら、どうだろう?  仰天したと言えば、おおげさだが、やはり、その違いを知ると、愕然とするだろう…  そして、その違いを受け入れることが、できるか、否か?  あるいは、夫婦や恋人が、その違いを、互いに、許容して、互いに相手に歩み寄れるか、否か?  それが、できるか、否かで、今後、二人が、恋人の関係を続けていけるか、否か、あるいは、夫婦の関係を続けていられるか、否か、決まるだろう…  私は、思った…  そして、思いながら、このアムンゼンを見た…  もしかしたら?  もしかしたら、このアムンゼンは、その違いを、今、楽しんでいるのかも、しれない…  ふと、思った…  この日本にいながら、サウジ本国にいたときとの違いを、楽しんでいるのかも、しれない…  ふと、考えた…  もちろん、セレブの子弟が集まった保育園だ…  皆、金持ちの子弟の集まりだ…  だが、このアムンゼンは別格…  別格の大金持ちだ…  だから、このセレブの子弟の中に、入るのも、ひょっとして、大変なのかも、しれない…  他の金持ちのセレブの中でも、一段とセレブの家庭に育ったから、他のセレブの子弟たちと、感覚が、違うからだ…  が、  真逆に言えば、このセレブの子弟の集まりだから、このアムンゼンは、我慢できる…  なぜなら、これが、日本の平凡な保育園ならば、まさに、平凡な、家庭の子弟が多く集まるから、カルチャーショックが、大きい…  億万長者の子弟が、年収五百万円の子弟が多く通う保育園に、いっしょに通えるかと、いうと、多いに、疑問が湧く…  それと、同じだ…  だから、ひょっとして?  ひょっとして、このアムンゼンを、日本のセレブの子弟が、通う保育園に、入れたのは、そんな事情を考慮して、サウジの関係者が、入れたのかも、しれない…  私は、そんなことに、気付いた…  今さらながら、気付いた…  そして、それを、思うと、深謀遠慮というか…  実に、用意周到…    先の先まで、見通す、アラブの知恵を考えた…  考えずには、いれんかった…  私は、いつのまにか、腕を組み、考え込んでいた…  …そうか?…  …そういうことか?…  内心、唸った…  やはり、アラブ人は、違う…  この矢田とは、違う…  私は、アラブの知恵について、思いを馳せた…  すると、だ…  「…矢田ちゃん、なんで、腕を組んで、ウンウン唸っているの?…」  と、マリアが、聞いて来た…  私は、いつものように、  「…なんでもない…なんでもないさ…」    と、言いたかったが、言えんかった…  なにしろ、マリアは、まだ3歳…  そんなふうに、ごまかすことが、できんかった…  子供相手に、そんなふうに、ごまかすことは、悪いと、思ったからだ…  だから、  「…世の中、頭のいいひとが、いるものだ、と、思ったのさ…」  と、言ってやった…  「…矢田ちゃん、どういうこと?…」  「…このサロンバスさ…」  「…サロンバスって?…」  「…こんなふうに、豪華に改造して、乗ることなんて、考えも、せんかったさ…さっき、このアムンゼンが、言ったことを、思い出したのさ…」  「…そうなんだ?…」  「…そうさ…」  私は、言いながら、このアムンゼンを見た…  「…私は、日本人だから、わからんかったが、このアムンゼンのように、他の国から、やって来れば、わかることが、いっぱいあるものさ…」  「…そうなんだ?…」  「…そうさ…灯台下暗しさ…あまりにも、自分の身近にあることは、誰もが、気付かないものさ…そして、それは、マリアも、いっしょさ?…」  「…いっしょ?…」  「…そうさ…マリアの母親も、リンダも、物凄い美人…滅多に、お目にかかれないさ…でも、マリアのように、身近にいれば、そんなことは、気付かんものさ…当たり前だと思うものさ…」  私が、しみじみと言うと、隣のアムンゼンが、私と同じように、腕を組み、頷いた…  「…矢田さんのおっしゃることは、わかります…」  と、私に同意した…  「…金髪碧眼の美女二人…あんな美女は、滅多にお目にかかれませんよ…」  アムンゼンが深く頷いた…  「…まあ、ボクが、大人になれば、あんな美女を身近に、はべらかせて、業務を遂行する…それが、夢ですね…」  「…夢?…」  「…そうです…男たるもの、美女を傍らに置いて、酒を飲んだりすることは、まさに、至福のひとときです…」  アムンゼンが、告げる…  私は、それを、聞いて、深く、頷いた…  深く、同意した…  それは、この矢田も、同じ…  同じだった…  長身のイケメンを傍に置いて、酒を飲む…  それだけで、酒の味が、二倍にも、三倍にも、うまく感じる…  そういうことだ(笑)…  私とアムンゼンは、深く、気が合った…  …同士…  そう、思った…  この矢田とアムンゼンは、同士…  同じ考えを持っている…  同じ思考形態を持っている…  だから、同士…  アラブの至宝と、この矢田は、同士だ…  それに、気付いた、この矢田は、  「…アムンゼン…握手してやるさ…」  と、私は、アムンゼンに、手を伸ばした…  「…どういうことですか? …矢田さん?…」  「…オマエと私は、同じさ…」  「…なにが、同じなんですか?…」  「…ルックス重視…イケメンが好き…美女が、好き…同じさ…」  私が、告げると、アムンゼンが、絶句した…  「…ボ、ボクが、矢田さんと、同じ?…」  「…そうさ…」  「…だったら、その手はなんですか?…」  「…オマエを、認めてやった証(あかし)さ…私とオマエは、同士さ…」  「…ボクと、矢田さんは、同士?…」  「…そうさ…同じように、パートナーにルックスを求める…同士さ…だから、握手してやるのさ…」  「…ボクと、矢田さんが、同士?…」  なぜか、目の前のアムンゼンが、見る見る落ち込むのが、わかった…  「…どうした? アムンゼン?…」  「…ボクと矢田さんが、同士?…」  ブツブツと、小さな声で、繰り返した…  「…そうさ…それが、どうかしたのか?…」  「…どうかしたと言われましても…」  アムンゼンが、なぜか、下を向いて、落ち込んでいた…  私は、アムンゼンが、心配になった…  なにか、悪いものでも、食べたのかと、心配になった…  「…どうした? …アムンゼン? …大丈夫か? …今朝、なにか、悪いものでも、食べたのか?…」  私は、親身になって、聞いてやった…  が、  なぜか、その途端、マリアが怒り出した…  「…なに、アムンゼン? …アンタ、もしかして、私より、ママの方が、好きだって言うの?…」  なぜか、マリアが、烈火の如く、怒り出した…  「…ふざけんじゃないわよ!…」  と、言うなり、いきなり、マリアが、アムンゼンの横っ面をひっぱたいた…  私は、驚いた…  と、同時に、マリアの手を抑えて、  「…マリア…暴力は、いかんさ…」  と、マリアに言った…  すると、  「…そんなことは、わかってる…でも、アムンゼンをぶたなきゃ、その腐った性根は、治らないの!…」  と、マリアが、告げた…  「…く、腐った性根?…」  「…そうよ…」  マリアが、鬼のような表情で、告げた…  私は、怖かった…  実に、怖かった…  が、  それは、アムンゼンも同じだった…  驚愕の表情で、マリアを見ていた…  アムンゼン、30歳…  アラブの至宝と呼ばれた男が、わずか、3歳のマリアの軍門に下った瞬間だった(爆笑)…                <続く>
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