SSクラスのレア上位職が出現したので、ジョブチェンジに挑戦しました

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最後の決戦。俺たちは魔王ゾナガーンを今まさに崩れ落ちる寸前まで追い詰めている。戦場となった魔王城は魔術を使ったせいで廃墟のように天井や壁が抜け、湿った生ぬるい空気が充満している。オオコウモリやガーゴイルたちが、主である魔王を心配してか、城の中心に集まってきている。 「向こうもヤバいけど、こっちももう限界だぜ」 召喚士ダリバと回復系の魔導師ユリアは既に魔力が枯渇してフラフラだ。壁と崩れた瓦礫に寄りかかり、やっとのことで立っている。おまけに回復アイテムも使い切ってしまった。つまり、最後は魔王を拳で倒さねばならない。そんな最終局面を迎えていた。 「この人間風情めが!我は魔界の王ゾナガーンなるぞ!たとえ魔力が尽きようとも人間になど敗れるわけはなかろう!」 ゾナガーンは全身を震わせて最後の魔力を集め、両手を広げて圧縮し始めた。それは魔王の最大魔術『ゴルドラン』の構えだった。巨大な天空都市スカイネアを一瞬で消し去ったという、恐ろしい技。 「マジかよ…ここにきてゴルドランなんて…」 あとたったの一撃を加えるだけで倒せるというところまで来ているのに。絶望的な状況の中、最後の一撃を放って魔王を倒すのは、どうやら俺しかいないようだ。 魔力が枯渇しても、アイテムがなくても、己の身ひとつあれば大ダメージを与えることができる最後の選択肢。 「アレン!お前、まさか…!やめろ!」 進み出た俺を止めたのは前衛戦士ハロルドだった。ハロルドは魔王との接近戦の末、瞬間重力魔術を食らって地中深くまで沈められてしまった。そのせいで鎧は砕け剣は折れ、おそらくアバラも数本折れてた。しかしそんな重傷のハロルドでも、俺の肩を掴み動きを止めるくらいの力は残っていたようだ。 だけど俺も止められるわけにはいかない。俺はハロルドのそのゴツゴツとした大きな手を握り、そして解いた(ほどいた)。 もう、旅は終わりにしなくては。俺は魔力を収束させていく魔王に向かい走り出した。魔王城から見る月は緑色で気味が悪い。最大魔術のゴルドランは放つまで数秒は迎撃できない無防備の状態だ。だから最後の一手に懸けるのは今しかない。 「お前には撃たせない!ドルネオ(自爆呪文)!」 詠唱した瞬間、目の前に白い光が一瞬で広がる。そして魔王の苦しむ断末魔の声が聞こえた。 「グゥオォォォォ……!!」 俺の意識はそこで途絶えた。 ***** 遡ること、2週間。 「おぉ!ついに上位職が選べるってよ!」 傷つきながらもAクラスダンジョンを攻略した俺たちは、この先さらに厳しくなる度を見据えてハイクラスへのジョブチェンジをするため、転職センターにやってきていた。 そこで俺だけに出てきた次の可能性、それが新職種というわけだ。しかも職種ランクはSSクラスのエンブレムが付いている。 「うわっ!しかもSSじゃんか!さすがは伝説の勇者を先祖に持つレオパルド家だな、すげえや、アレンは!」 同じパーティの召喚士ダリバとハイタッチをする。ダリバだって神獣を召喚できてしまうSクラスのスーパー召喚士なのに、嫌味なく喜んでくれるところは幼なじみの良さといったところか。 この世に明かされているSSクラスの上位職はたった2つだけ。かつて魔王を封じたとされている『勇者』と、戦闘時に竜化できる『ドラゴニュート』がそれだ。『勇者』も『ドラゴニュート』も戦闘力が凄まじく、自己回復スキルもついたチート級のスーパー上位職。その職種に就くことができれば、向こう百年は平和を守り続けることができるとされている。 その伝説の上位職と肩を並べるSSクラスの転職が俺にはできる。舞い上がった俺は職種の説明を受ける間もなく、SS上位職への転職を決めていた。 「ちょっと!大丈夫?ろくに説明も聞かないで転職なんて?ここまで積み上げたことが無になる可能性だってあるのよ?」 ユリアが説教じみたことを言ったが、時すでに遅し。転職用の紫色のオーブが光り始め、その光は俺を包みこんだ。 「ここまでの旅で俺は強くなった!レベル85なんて簡単には辿り着けない領域だぞ?どんな職種になったってレベル85を覆すようなことなんて起きるわけないだろう!」 勇者とドラゴニュートに次ぐ、3つ目のSS上位職が出現したんだ。ハズレの無能職であるはずなどない。オーブはふわりと浮き上がり俺の胸の前でさらに激しく3回点滅し、そのまま弾けた。 「…転職、完了だ」 特に変わった感じはしない。レベルも充分に高めてからのジョブチェンジだからかもしれない。しかし、ドラゴニュートのように竜化できそうな気もしないということは、きっと人間のままで戦闘するスタイルの職種なのだろう。 「ステータス、展開!」 ジョブチェンジによって得た特技や魔術があるはずだ。もしかすると扱える武器にも変化があるかもしれない。魔力が大幅に上昇したり、肉体が強化されることもある。だからジョブチェンジのあとは必ずステータスを展開して、自分のことを徹底的に知る必要がある。 と、目の前にステータスが現れた。そしてそれは、とんでもない内容のものだった。 『セルフボマー(自爆士)』 それが俺の新たな職種。初めて見る文字に固まってしまったが、ハロルドが樽ごと水をかけてくれたおかげで我に返る。 「せ、セルフボマー?自爆士って書いてるけど?!」 見たことも聞いたこともない職種だ。でもこの職種はヤバいだろ。不吉な予感しかしないし、明るい未来は望めない職名だ。 「え?なにこれ?セルフボマー?」 「自爆士って書いてあんじゃん!」 ハロルドとダリバは浮き出たステータスデータを食い入るように見ている。とはいえ職名のインパクトがデカすぎて内容が入ってこないのは、俺と一緒なようで少し安心した。だけどこんな状況でもひとり、冷静にステータスを読む頼もしい仲間がいる。 「だから言ったのに。ちゃんと確認してからジョブチェンジしないと痛い目にあうって」 ユリアは俺のステータスを読み、簡潔に説明をしてくれた。 1.新たな技『自爆』を覚えました! 2.自爆で死んでも、何度でも生き返ります! 3.生き返るときは、レベル1になります! 4.自爆するまではレベルは積み重ねられます! 5.初めの自爆までは、ジョブチェンジ前の職種と同じ扱いになります! 6.基本的に、使える武器はありません!自爆士ですので! 『自爆』であれば何度でも死ねる、ということは、誰かに殺されたらダメだということ。 生き返るときにはレベル1まで落ちてしまう。 ジョブチェンジをした今ならまだ、前のジョブ『聖剣士』として扱われている。 生き返ることができるから、何度でも自爆ができてしまうのが『自爆士』らしい。でも一度でも自爆してしまえばレベル1になってしまうなんて、そんなの受け入れられない。すでに死にたい…。 「最悪でも、魔王との決戦までは自爆なんてしないでちょうだいね?レベル1のアナタを連れて魔王のもとに行くなんて無謀なこと、私たちにさせないでよね?」 俺の不安を見抜いたのか、ユリアはわざとおどけて他人事のように笑う。 「おう、じゃあそのふくよかな胸の谷間で俺を守ってくれよな!」 おどけたユリアに向かって俺はそう言った。そしてボコボコにされた。 「死んだら剣は握れなくなっちまうのか?それならその『エルフの聖剣』は俺がもらってやるよ」 ハロルドは俺の背中にある剣に手を伸ばした。やめろって、と手を払い退けるとハロルドもやっぱり笑った。 「ばーか、『エルフの聖剣』はレオパルドの者しか扱えないだろ?お前にやるくらいなら高値で売って女でも買うわい」 と、冗談で返したのに、またユリアにボコボコにされた。 「ま、仕方ねえな。ジョブチェンジしちまったもんは仕方ねえよ。もう魔王城まで着いちまうんだし、剣士としての力が失われたわけじゃないんだしよ。魔王を倒して平和になれば、自爆なんて物騒なことは起きないんだし、レベルなんてのも関係なくなるんじゃね?」 ダリバはもともと楽観的なやつだ。だからこそ前向きでいられるし、前に進む勇気をくれる。ダリバの言う通り、魔王戦では剣士として戦えることに変わりはないんだ。仮にもし魔王戦で自爆することになっても、平和な世界になってしまえば自爆をする場面だってないはず。 「そうだよな、仕方ねえよな。俺は悪くないし。SSクラスなんてレアな職種が出るほうが悪いだろ。もう、憂さ晴らしに歓楽街で女でも口説いてくるしかねえよ。いつレベル1になってもいいように、今から愛人囲っておかないと。ユリア、今晩あたり俺とどうだ?」 これはわりと本気だったのに、ユリアは回復用の魔術【麻酔魔術】で俺を身動き取れないようにしてから、例の如くボコボコにして無言で去ってしまった。 いや、全部じゃれてただけだってば。 SSクラスの上位職だろうけど、自爆士ってのは要は自爆をしなければジョブチェンジしていないのと一緒ってわけだ。自爆をしても生き返るって能力は凄いことだけど、自爆をしないと始まらない職種でもある。そして、仮に殺されそうになっても、自爆さえできれば生き延びられるのだ。 つまり、考えようによっては問題なしということ。これまでと同じように戦闘して、魔王を倒すまでは何事も諦めない。 そして俺たちは、魔王戦を迎えた。 ***** 目を覚ますと、剣の装飾が施されたランプが天井からぶら下がっていた。故郷だ、俺の家だ。窓から見る懐かしい風景はあの頃と変わっていない。 「痛ててて…」 起き上がろうと腕と背中に力を入れたが、思うように身体が動かない。 魔王は?ユリアは?ハロルドは?ダリバは? 敵の姿もなければ、仲間の気配もない。俺たちは勝ったのか?それとも負けた?相討ち?俺だけが生き残ったのか? 魔王との死闘を繰り広げたにも関わらず、俺の身体は無傷だった。なんだ?夢だったとか?まさかの夢オチなのか? 夢だったなら、ユリアとイチャイチャすればよかった〜! なんて、そんなことは考えないんだけども、これまでの冒険が全部なかったことだなんて思えない。 「ステータス、展開!」 とにかく、何が起きたのかを見てみないと。自分の経験値と、持ち物や冒険の記録をチェックして今の状況を理解しておかないといけない。 「………き…きゃぁ~!」 レベルが…1だ。うそ?ウソ?嘘でしょ? え、待って待って。俺くらいの年齢なら普通に暮らしてもレベル10は超えるよね? 『自爆士』の特性が頭をよぎった。 3.生き返るときは、レベル1になります! ってことは、まさか…やっぱり俺…自爆した? 「ステータス、展開!」 レベル1と書かれた隣に、しっかりと『自爆士』って書いてある。うわっ!マジか。じ、じゃあ俺は、あの魔王戦で自爆したから、ここで生き返ってしまったのか?魔王はどうなったんだ? 「ただいま〜」 聞き覚えのある声、ユリアだ。どうやらダリバも一緒みたい。2人が部屋に入ってきた。 「え!アレン!目が覚めたのか!!」 ダリバがユリアと組んでいた腕を解き、駆け寄ってきた。お前ら…いつから…!? 「良かったあ!本当に生き返るなんて!」 ペタペタと身体を触りまくるダリバ。扉の前に立っていたユリアもやってきて、一緒になって俺をつつく。初めて触る生き物のように。 ツンツンと突かれた頬から血が滲んできた。 「どんだけ強く突いてんだよっ」 と、ダリバにツッコむ。 「いや、マジで軽く触っただけだけど?」 「え?」 「アレンが弱すぎるのよ」 「え?」 ダリバはレベル90の召喚士。対して俺はレベル1の自爆士。このレベルの差は、頬を突くだけで攻撃になってしまうほどのものだということか。 「でも、アレンが自爆してくれたから、魔王に勝てたんだよな」 「そ、そうなのか?」 「ああ、そうだよ。アレンの自爆で魔王にスキができたんだ。そこでユリアが回復奥義の『自然吸収』を使って俺を回復してくれた。『自然吸収』は詠唱も魔力消費もない究極の回復魔術だからな。僅かな魔力だったけど、Sクラスの召喚士である俺にとっては大きな力になった。神獣【クリスタルドラゴン】を召喚して魔王にトドメを刺したってわけ」 「あ、あぁ、そうか、すげぇな」 俺の自爆はスキを作っただけか…。俺の命って…? 打ちひしがれそうになったとき、外から警報が聞こえた。 「魔獣の襲撃だ!ミミズバッタだ!」 ミミズバッタは冒険初期の雑魚キャラだ。あんなの素手でも倒せるくらい。イチャイチャしてるダリバとユリアを見ていられなくなった俺は、ミミズバッタを目がけて走る。武器にとナイフに手をかけたが!装備エラーが出て手にできなかった。 またもや『自爆士』の特性が頭に浮かぶ。 6.基本的に、使える武器はありません!自爆士ですので! 大丈夫だ!素手でも勝てる! …はずだった。 ミミズバッタは小型でおそらくレベル的には3か4くらい。村の子供でも小枝を振り回せば倒せるんじゃないかというレベルだ。 そんな雑魚に苦戦する俺…。ミミズバッタの動きについていけないどころか、吐き出す毒ドロが被弾して毒に侵されてしまった。徐々に体力が奪われてしまう。 レベル1のHPでは、この程度の毒でも致命傷になる。つまり、この雑魚に殺される。魔王を倒したパーティの一員が、冒険序盤に出てくる雑魚キャラに勝てないなんて…弱すぎるだろ! 容赦なく毒は蝕んでくる。意識が朦朧としてきた天ヤバい…死ぬ…。 2.自爆で死んでも、何度でも生き返ります! ダメだ…毒で死んだら生き返れない。こんな雑魚に殺されたら、逆に名前が残ってしまう。クソっ。仕方ない…仕方ないよな…。 「ドルネオ(自爆呪文)!」 ドゴオォォンン プギィィィ ***** 「ハッ!!?」 目を覚ますと、剣の装飾が施されたランプが天井からぶら下がっていた。故郷だ、俺の家だ。窓から見る懐かしい風景はあの頃と変わっていない。 俺は…ミミズバッタ相手に自爆を…? 「おいおい、アレン!」 「村のためにまた自爆したの?」 イチャイチャしながらユリアとダリバが入ってきた。ミミズバッタを自爆で道づれにしたなんて言えない。おそらくこいつらなら目を瞑ってデコピンで倒せるくらいのはず。 「お、おう、自爆なら何度でも死ねるしな。面白くってまた自爆しちまったよ」 本当は、雑魚の毒で瀕死だったんだけどね。 「すごいな、自爆士ってのは。身を挺してでも村を守ろうとするアレンの正義感には勝てないぜ。さすがは魔王を討伐したパーティの聖剣士ってわけか。なぁ、アレン。お前にちょっと…1週間でいいからこの村を警護しててほしいんだ」 ダリバはまっすぐな目で俺に言った。1週間、ダリバとユリアが留守にしている間だけ、村を守ってほしいと。ミミズバッタを道づれにするレベルの俺なのに、ここを任せてくれるなんて…。 「いい?ヤバくなったらすぐに自爆してよ?最後に生きていれば勝ちなんだからね!?」 ユリアはとにかく『自爆』を勧めた。俺に死んでほしくないってことなんだろう。ダリバとイチャイチャしてるけど、本当のところユリアは俺と…? 「ダリバとハネムーン行ってくるから」 おうおう、早く行け。行ってしまえ。 こうして、自爆しかできない最弱の俺は1週間も村の警護をすることになった。
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