夫と私と妄想絵本

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 有沙が生まれてから、しばらくその世話にかかりきりで、この理人が拗ねてしまったことがあった。 「パパとママは、アリサがかわいいんだ。もうぼくのことなんてかわいくないんだ。かわいくないぼくのことなんていらないんだ」  理人はそんなことを言いながらぷう、と紅い頬を膨らませていた。その顔はいかにも可愛らしくて、あざとさすら私は感じてしまう。なんともこの状況には相応しくない、母親としては不届きな考え方だったのだが。  夫の方はというと、しゃがんで理人に視線を合わせると、静かに口を開いた。 「リヒト。落ち着いて、よく聞いてほしい。パパは君のことを、世界で二番目に愛している」 「いちばんは、アリサなんでしょ!」 「違うよ。一番はママだ。二番目がリヒトとアリサ。どうしてだかわかるかい」 「……わかんないよ!」  理人の癖っ毛(こちらの髪は夫によく似ていた)を撫でながら、夫はこんな風に言ったのだ。 「リヒト。君はこの世界で、自分の人生を見つけ出すんだ。自分の力、自分の足、自分の手で。君の人生は、君が選択するんだ。だから、君の一番はそこにある。君にとっては、パパとママは二番だ。そうだろ?」 「…………」  夫の言葉に、理人は視線を落とし、黙り込むが、また口を開く。 「……いまはまだ、いないじゃん。そんなの」 「そうだね。これから見つけるんだ。……だけど、パパとママはこの家に留まる。君たちが生まれて育つ、僕らはそれを見届ける、そんな人生を愛する。今は見えない君の可能性まで愛するのが、僕らの人生なんだ」  静かで穏やかな顔で、そう口にする夫。その顔を思い出しながら、私は二人の馴れ初めの頃、そして、一緒に暮らし始めた頃のことを思い出していた。
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