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もう、外の世界も、文明も、他の何もかも消えて、暗い部屋の中で二人だけで、時間も忘れて愛し合うこと、それ以外のことは全て忘れたようになって、それがたとえようもなく幸せだと思う、そんな時間。
そんな蜜月期間は、子供が生まれたら続けていられるわけではなかった。だって、目を離したら死んでしまうかもしれない、小さくてか弱い、たとえようもなく可愛い生き物が自分の腕の中にあるのだから。それにやっぱり、社会生活のことも忘れるわけにはいかない。そんな理由で、この数年間はてんやわんやだった。出会った頃にはアラサーだった私だが、今は立派にアラフォーだ。
もう、あんな時間は帰ってこないかもしれない。その時間は楔のように人生のある期間に深く打ち込まれていて、残りの人生でそれを思い出す、それが愛というものなのかもしれないと、その時の私は考えていたし、今の私もそのことを考えていた。
それでも、それが人生なのだろう。そう思って、私は口を開く。
「ねえ。……こっち、見てくれる?」
そうして、私は彼に向けて、両腕を広げる。
「……どうしたの?」
「あのね。……私は、あなたを愛しているよ。その顔も、体も、性格も。頭いいのにちょっとおかしいところも。妄想も。寂しがり屋で、ちょっと情けないところも。本当は意地悪なところも、でも本当に優しいところも。あなたと生きる、この人生を私は愛している」
今は彼の膝を枕にして眠っていた有沙を、そっとソファに横たえると、夫は私に近づく。それから私を、その腕で、強い力で抱きしめて、抱き上げて、それから言うのだ。
「……僕は、あなたを愛しているよ。今までも、これからもずっと」
そうされながら、私は彼の耳元で囁いた。
「これからも、よろしくね」
(了)
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