激 情

11/12
前へ
/13ページ
次へ
 そして更に2年の月日が過ぎた。    28歳の時に授かり婚で生まれた息子は、6才を迎えようとしとる。  近所の同世代の子等と遊ぶ無邪気な姿に、自分の子供の頃が懐かしなった。 「悠斗(ゆうと)ー! 買い出し行こかー! お菓子買ったるわー!」  買い出しはいつも俺の担当や。  今日の夕飯は暑いし冷しゃぶにするらしく、豚バラとレタスとトマトの買い足しを頼まれとった。   「パパー! チョコ買っていい?」 「チョコは虫歯になるしあかん」 「あめちゃんは?」 「んー……棒付きのあめちゃんやったらええけど? パパ野菜買うてくるし、お菓子選んだら戻ってきいや」 「はーい!」  駄菓子売り場へと駆けていく我が子の背中を目で追いかけながら、走ったらあかんと声を放つ。  全く、何回言うたらわかんねん。  息を吐いて野菜売り場を見渡すと、前方に見知った奴が歩いとった。    栗色の柔らかそうな髪に白い頸。  ゆったりとした黒無地のワイドTシャツから覗く筋張った腕は、真夏やいうのに焼けた形跡すらない。  肩甲骨が浮き出て見えるその痩せた背中を、隣の背の高い男が愛おしそうに撫でとった。 「ピーマンと、何だっけ?」 「牛と豚の合挽きに、玉ねぎ、あとじゃがいもにハムときゅうり」   「メモも見ないでよく覚えてんな」 「何作るか聞いたら大体頭に入るだろ」  楽しそうに笑い合うその距離感、空気感から、2人がただの友達やないことが伝わってくる。 「(かおる)、この機会だしさ、母さんのオムライス食べてみてほしい」 「ああ、(たける)の大好物な。俺も食べてみたい」  そこで会話が途切れた。  今の今まで華やかな微笑を湛えていた男の白い顔からは笑みが消え、残ったのは緊張と警戒。 「……葉山」  なんやねん、腹立つ。  その表情が俺を苛立たせることに、なんでこいつは分からへんねん。 「よう、湯浅。久しぶりやな。昼間っから男連れか? 暑苦し」  沈黙したまま視線を落とした相手に、俺は更に言葉を投げつけた。 「お前、あん時の部下とデキてたん? なんや、ほな俺が忠告した意味もなかったな」  徐々に曇り始めたその横顔を覆い隠すように、隣の背の高いのが仏頂面のまま一歩前に踏み出した。    「俺が付き合ってほしいって頼み込んで付き合ってもらったんです。(かれ)みたいに知的で優しくて綺麗な人、他にいないから出会えてラッキーでした。いつ死んでも後悔しないくらいには幸せなんで、素直に祝福してもらえませんか?」 「……っはぁ?? 頭おかしいんちゃうかお前ッ……」 「おかしいですか? 少なくとも貴方に同情される意味がわかりません。羨ましがられるならまだしも──」  白々しく、首まで傾げてみせとるけど、その目は1ミリたりとも(わろ)てへん。 「っ……気持ち悪。そもそもっ……こいつはオッサンが好きなんや。そのうち、お前なんか飽きられて──」 「ご忠告ですか? どうもありがとうございます。飽きられないよう、精一杯頑張ります」  人目も憚らず湯浅の手を握りしめた相手に、返す言葉もなくなった。  この男、ほんま頭いかれてんな──。  俺が黙ると、そいつは尚も表情一つ変えずに声を一段低くすると、切れ長の瞳で真正面から俺を見据えてきよった。 「尊の幼馴染みだったんだろ? だったら、この人が思慮深くて繊細な性格してるって分かってたんじゃないのか? あんたにすら、自分はゲイだって告白する勇気がなかったんだ。ノンケのふりして自分偽って、自分を否定しながら生きてきたんだ! そんな辛さを知りもしないで、人の尊厳踏みにじるようなことしてんじゃねえ。親友だったんだろうが……!」 「っ薫……!」  その鋭い眼光は、まるで鷹のそれやった。  捉えたものを離さへん。  全く、なんて奴や。  ほんまに、なんて失礼でお節介で厚かましい奴なんや。  腹が立つ。  腹が立つのに、がつんと頭を撃ち抜かれた気分やった。    お前に言われんでも、分かってる。  湯浅は俺の幼馴染みで、俺の親友やったんや。  お前なんかより、ずっと前から知っとった。  こいつの隣には、いっつも俺がおったんや──。  奴の背後で、かつての親友が重い口を開いた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

139人が本棚に入れています
本棚に追加