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「葉山……俺ら、真剣に付き合ってんねん。これからは、たまに母さんの顔見にこっち帰りたい思てるし、視界に入って鬱陶しい時があるかもせんけど……お前には、迷惑かけへんようにするし……もう、俺らのこと、構わんといてほしいねん」
何やねん、それ。
ずっと黙っとるだけやった湯浅のくせに、湯浅のくせに──。
構わんといてほしいって何やねん。
いつもみたいな皮肉でも出れば、その場をやり過ごすことができたのに、俺の口は一向に動かへんかった。
「パパー! あめちゃん、これ買ってー?!」
遠くから、パタパタとサンダルを弾く音が近付いてくる。
音のする方を見やると、俺の子供の頃にそっくりの、日に焼けた幼児が隙間の空いた小さな歯を見せた。
「……ん、ええよ。パパが買いもん終わるまで、大人しいしとき」
握りしめられた掌が温かい。
青白いガラス玉みたいな二つの眼が、じっと行ったり来たりして揺れ動いとる。
「パパのおともだち?」
視線の先には、湯浅がおった。
今の今まで曇り空やった奴の表情が、緩やかに和らいで晴れ間を見せた。
「……うん、パパのおともだち。おおきいね、今いくつ?」
「5才! でもな、もうすぐ6才なんねん! 6才なったらな、プラレール買ってもらう約束やねん! な?! パパ!」
見上げられたその眩しい笑顔を見返すことが出来ひんかった。
目頭が熱い。
今、湯浅が溢した言葉が、俺の涙腺を緩めよった。
──パパのおともだち。
俺は、ずっとその一言を待ってたんかもしれん。
その言葉が欲しくて、今の今まで足掻き続けてきたんかもしれん。
「パパ? どうしたん?」
奥歯を噛み締めながら、思うことがある。
俺は、この子に胸張れる生き方、出来てるやろか。
父親になった今やからこそ、思うことがある。
この子には俺みたいな男になってほしない。
「……悠斗。湯浅は……俺の友達や。大事な俺の、友達やったんやっ……」
声が震えそうになるのを堪えて噛み締めた。
俺は、いつからこんな涙もろなってん。
向かいに立つ奴の表情は、よう分からへん。
ヘアセットもされてへん、長い前髪の奥に見える色素の薄い瞳。
せやけど、今まで見せてきたような無機質なものではなかった。
意思を感じるその瞳。
「……葉山、またな」
またな。
また──
また、会おな。
さっき、構わんといてほしいて言うたくせに……湯浅の奴……。
去り行く2人の背中を見つめながら、俺より一枚も二枚も上手やった男の対応に、ただただ頭が下がる思いやった。
「パパ、目、赤いで?」
そう指摘されて、豪快に鼻を啜る。
「目にゴミが入ってしもてん。それより悠斗、お前、友達大事にしてるか?」
「そら大事にしてるよ。当たり前やんか!」
「お前はええ子やな。パパはいじめっ子やったんや。パパみたいになったらあかんで?」
「えー! パパ、いじめっ子やったん?! 友達とは、仲良うせなあかんねんで! はよ仲直りし?」
その他意のない言葉に思わず微笑むと、小さな掌を改めて握りしめ、ゆっくりと狭い歩幅に合わせて歩みを進めた。
「……悠斗に勇気もろたし、今度会ったら謝ってみるわ」
「うん、ごめん言うたら許してくれるわ!」
「ほんま、今思たら、なんでそんな簡単なことが、出来ひんかったんやろなあ……」
『湯浅、昨日はごめんな。言い過ぎたわ。先生とのことは、やっぱ頭冷やして欲しいけど……悩みがあんねやったら、これからは俺が話聞いたるわ』
『……葉山、俺も昨日はあんな言い方してごめん。お前に見られてたん、知らんかって……先生とのことは、ほんまは、あかんことやって分かってる。分かってたけど……自分からは、どうしても別れられへんかった──』
『ん、あいつしか頼られへんかったんやろ? 言いにくいことやった思うし、そばにおったのにずっと気付いてやれへんかって、俺も悪かったな。今度から、なんかあったら俺に相談せえよ?』
『せやけど……、葉山は……その、偏見とか……そういうん、ないんか?』
『あほか! そら、お前がそうやて分かった時はびっくりしたけど、ゲイやから嫌いになるとかないわ! 俺をみくびんな!』
『……葉山、お前が友達でいてくれて、ほんまによかった。……ありがとう、葉山──』
了
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