激 情

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 その日は、卒業研究の課題に打ち込む友人に差し入れでもしてやろうと、珍しく日の暮れかけて薄暗い本館棟に足を踏み入れたんや。  ちょうど学寮の夕飯時と重なってたせいか、研究室のある本館棟では学生の姿を見かけへんかった。  この時間にうろついてんのは、部活動でグラウンドや体育館を駆け回る学生くらいや。  四方を山に囲まれた広大な敷地を持つ校内の東端には、俺たち寮生の住む学寮が7棟併設されていて、560名ほどが衣食住を共にしている。  その胃袋を賄う食堂は定食制になっていて、夕食は大抵の場合、肉か魚のどちらかを選べるようにはなっているが、はよ行かな当然肉から無くなってまう。    せやから、この田舎町で寮生活を強いられている俺たちの唯一の楽しみのため、寮食は開店と同時に駆け込むんが常や。  せやのには、飯もそっちのけで研究室に転がり込んどった。  高等専門学校、略して高専は、実践的・創造的技術者を養成することを目的とした高等教育機関で、国立高専としては全国に51校ある。  俺たちが住む京都府下では唯一、京都府北部の舞鶴市に一校あり、成績の良い奴は学校推薦を受けて面接で、それ以外の奴らは筆記に合格すれば入学を認められる。  高専の特色といえば、中学校卒業後の5年一貫教育というところで、本科を修了すると、自動的に準学士という資格が得られる。  これは、短期大学を卒業するんとほぼ同等の資格や。  卒業を控えた5年生ともなれば、卒業研究がカリキュラムに含まれ、毎週火曜の午後と木曜の昼過ぎまでは、自分が選択したテーマに沿って各々研究する。  そんな中あいつは、決まって火曜日だけは、8時限目の授業が終わってもなお研究室に引き篭もり、1人熱心に作業に没頭しとった。    今思えば、水理(すいり)は嫌いや言うてたくせに、他のどの授業より真剣に自習に取り組んでたし、誰もが避けて通ろうとする水理学研究を自ら卒業研究のテーマにしたことにも周りを驚かせとった。  『水理苦手やし、この機会に克服したいねん』とクソ真面目なことをクソ真面目な表情で言うもんやから、周りの連中も呆れて苦笑してたんを覚えてる。  その日は例の如く火曜日で、俺は手早く夕飯を食べ終えると、売店で事前に買っといた惣菜パンと麦茶を片手に研究室へと向かった。  あいつ、いっつも寮食の閉業時間までに帰って来れへんくて、部屋でカップラーメン食ってたんを知ってたから、たまにはこんな気の利いた差し入れもええかと思たんや。  それが、そもそもの間違いやった。   「ッア……っあ、触らなッ……」 「大丈夫や。お前にもゴム付けたし、今日はいつイってもええよ」 「せんせっ……いずみ、先生ッ……」 「湯浅はほんまに可愛いわ、……ッ、はよ後ろでイけるようなったらええのになあ。でも、俺のが挿入(はい)るようなっただけでも……ッよう頑張ってるわ。えらいなあ、湯浅は」  その言葉に鳥肌が立つ。  水理学の和泉(いずみ)といえば、確か40代半ばで既婚者やったはずや。  2人いる下の息子が昨年高校受験に合格し、一段楽した言うて喜んどった。  和泉の指導スタイルは、生徒を褒めて伸ばそうとするところにある。  それがこの場でも行われとることに、正直ぞっとしたんや。  教師の仮面を付けたまま、自分の教え子にさも当たり前のように男の欲望を咥え込ませ、下から突き上げるようにして煽り立てている。 「湯浅はほんまにッ……男にしとくんが勿体無いくらい、ベッピンさんやなッ……お母さんも、綺麗な人なんか?」 「せんせっ……すき……ッィ、すきッ──」 「お前、ハメたらもうッ……それしか言わへんなあ」 「せ、んせッ……ッすき──」  まるで陶酔するように男に溺れる湯浅を前に、仮面の教師は三白眼の瞳を緩やかに細めた。  そして、呆れ笑いにも似た冷笑をその白髪の入り混じる髭面に浮かべとった。
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