激 情

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「湯浅っ……そろそろ、終わらせよッ……」 「っ……ごめッ……なさ、ッ……」    転倒しそうなほど仰け反るその背中を支えるために、男が腕を引いては腰を打ちつけている。  次第に湯浅の息が乱れ始め、打ち付けと受け入れのリズムが崩れていく。  そのせいでうまく達することができひんのか、(じれ)ったそうにポジションを交代すると、回転椅子の肘掛けに彼の右脚を預けさせた。  そして、背もたれに寄り掛かるように前傾姿勢を促すと、腕時計を一瞥した後、その細腰を引き付けた。 「ッ痛……っ……先生っ……痛いッ」 「大丈夫、すぐ慣れるわ。力抜いてみ」  優しい声音を吐きながらも、その言葉とは裏腹に身勝手な欲情を押し付けると、湯浅は声にならない悲鳴をあげた。  大丈夫、大丈夫やからと上辺だけの言葉を投げかけて、ただ達するためだけに無心になって腰を振り続けとる。  痛みに硬直するその身体を求め続ける男のそれは、既に合意の上での行為でも何でもなく、ただの強姦にしか見えへんかった。 「湯浅ッ……苦しいんやったら、前扱いたるわ」  悲しみなんか、怒りなんかよう分からん。  ただ、ショックやった。  おぞましかった。  総毛立つほどに艶かしい声、情欲にまみれる肢体、振り乱すその髪が、浮き出す汗が、俺の知らん湯浅がそこにおった。  この感情をどう称えたらええんやろか。  自分の世界からはかけ離れた現実がそこにはあって、受け入れることのできひん拒絶が嫌悪感に変わっていくんを、自分では抑えきれへんかった。  無言のまま、携帯の録画ボタンを押す。  ……気持ち悪い。    実の父親と歳の変わらへんおっさんと交わるなんて到底理解できひんし、吐き気がする。  俺はその晩、モヤモヤする気持ちを抱えたまま自室のベッドに横になった。    湯浅の顔、明日からまともに見られるやろか。  あいつと、これまでどおり付き合っていくことが出来るんやろか──。  考えても答えは出んかった。  一度抱いた嫌悪感を払拭できるほど、俺はできた人間やない。  足りひん頭を働かせるうち、明確に湧き出た2つの疑問を整理するため、しばらく寝返りを打ちながら葛藤を繰り返した。  一体どういうつもりであのおっさんと関係を持ったんか。  本気なんか、それとも遊びなんか。  何で俺にまで隠す必要があったんか──。  湯浅の寮室は、リノリウムの薄汚れた廊下を挟んで向かい側にある。  いつものように、寮食の時間を過ぎてから帰ってきとったから、今日の夕飯もカップラーメンやったんやろな──。  渡しそびれた惣菜パンは、捨てんのも勿体ないし、結局自分の胃袋に収めた。  このモヤモヤする感情を消化する術を、俺は一つしか知らへん。  何度も寝返りを打ち続けた後、意を決して向かいの扉の前に立った。  軽くノックして返事を待つ。  こっちの思いなんて知ったこっちゃない、間延びした声が返ってきた。
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