激 情

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 扉を開けると、いつもと変わらへん、ベッドと勉強机が線対象に置かれた殺風景な空間が広がっとる。  元は2人部屋やったんやけど、高学年ともなると門限や騒音禁止のルールに辟易して一人暮らしを始める者も多く、湯浅も俺も、2人部屋を個室として利用させてもろとった。  向かって左手の壁に平行に設置されたベッドの上では、奴が布団の隙間から薄目を開けてこっちを見上げとる。 「寝んの早いな、まだ22時やで」 「っさいな……」  入眠を妨げられ、不機嫌さを隠そうともせず枕に顔を突っ伏した。  生真面目で責任感強て、表では優等生みたいな顔してんのに、寮でのこいつはほんまにズボラで、ほっといたらずっと寝とる。  今日はそれだけが原因ではないんかもしれんけど。 「昨日の構造力学のノート貸してくれへん? 途中寝てもうて写しきれへんかった」 「机の上に置いてある」  部屋の突き当たりには窓があり、そこから鬱蒼と茂る木々が見える。  街灯も月の光も届かへん、森の奥に潜む闇を右目の視界の端に捉えながら、白壁で間仕切られた勉強机の上を見やった。  数冊置かれたノートの中から、形式的にその一冊を手に取り、パラパラと中を見開く。  俺に負けず劣らずの崩れた字体やけど、ノート一面に文字が埋め尽くされ、更に蛍光ペンで大事な箇所をしっかりマーキングしてるとこなんかは、顕著に几帳面さが表れとって、やっぱり俺の知ってる湯浅やった。 「あざっす。明日返すわ」  何とも言えん安堵感にふと息を吐く。  そして再び窓の向こうに目をやった。  街灯の光が届くとこが俺の知ってる湯浅なら、届かへんとこは俺の知らん湯浅や。  誰にでも言いたいことの一つや二つ、あるもんやし、ゲイやってことを俺に秘密にしてたんも、仕方のないことかもしれん。  せやけど、俺は諦めたなかった。  今まで、たまたま打ち明ける機会がなかっただけで、ほんまは何度も打ち明けようとしてくれてたんかもしれん。  俺は目の前の回転椅子を引き寄せると、再び眠りにつきかけていた同級生のベッドサイドを陣取った。 「──そういやお前、こないだ後輩のアヤちゃんに告られた言うてたな。なんで断ったん?」  アヤちゃんは、電気情報工学科の2つ下の後輩で、たまたま寮食の席が近かった時に、向こうから声をかけてきた奇特な子や。  バドミントン部に所属してて、オーバーサイズのtシャツにパンツスタイルのボーイッシュな女の子やけど、ショートカットがよう似合(にお)て溌剌とした性格しとる。  湯浅先輩、湯浅先輩って会うたび人懐っこい笑顔を向けてきて、傍目から見てても憧れてんのが丸分かりやった。 「別に……そういう風には見られへんかったし」  今やから気付いたことやけど、この手の話題をする時のこいつは、まともに目を合わせてきいひん。  アヤちゃんの一件も、すれ違ってもいつもみたいに近寄ってこーへん彼女が不自然で、喧嘩でもしたんか?って聞いたら白状しよった。 「せやけどお前、いっつも楽しそうに話してたやん。可愛らしいし素直やし、俺やったら絶対付き合うてるけどな」  俺の返しが気にくわへんのか、奴は枕から顔を持ち上げると、(わずら)わしそうに眉を寄せた。 「何やねん、そういう風には見られへんて言うてるやろ」 「ほなお前、どんながタイプやねん」  その問いに、しばらく沈黙が続いた。  扉の向こうでは、ちょうど風呂から帰ってきた下級生たちが、何がおかしいんか知らんけど手を叩いて爆笑する声が廊下に響いとる。  俺は、その声のする方を見つめるふりして、じっと相手の出方を窺った。  少しでも打ち明けやすいように、こっちから機会を作ったってんねん。  なあ、湯浅。  俺ら、親友やろ?   せやけど奴は、つまらなさそうな眼差しを壁に向けると、ぼそりと一言投げ返すだけやった。 「付き合うんやったら、年上の女の人がええわ」  後輩の笑い声がまた廊下に響き渡る。  それがめちゃめちゃ耳障りやった。
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