激 情

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 それから数日は、あいつと物理的に距離を置いた。  秘密主義の湯浅に腹が立ったからやと言われたらそれまでかもしれん。  あいつにとって俺は何なんや。  あいつは俺のこと、親友とは思てへんのやろか──。  疑えば疑うほど、苛立ちが募ってまともに奴の顔が見られへんかった。  そして、そうこうしとるうちに、また例の火曜日がやってきてしもたんや。    和泉の元へ向かう湯浅は、心無しか浮わついて見えて腹が立った。  でもそれ以上に、俺は和泉に対して腹が立っとった。  お前は大人やろ。  分別つけるんが大人やろ。  自分の教え子に不倫教えるなんて、やっぱりどう考えても許せへん。 「湯浅、今日ちょっと手伝ってほしいことあるし、8時限目が終わったら寮室で待っといて」 「え、いや……今日はちょっと──」  明らかに躊躇うその顔を見据えながら、俺は念押しするように語気を強めた。 「待っといてくれ」  そして、授業終了のチャイムが鳴ると、俺は待ち合わせた寮には戻らず、まっすぐに和泉のおる助教授室へと向かった。  本館棟には、先生一人一人に個室が与えられとるから、そこでなら他の人間に話を聞かれることもない。  脈打つ心臓に意識を傾けながら、扉を2回、ノックした。  内側からの応答を確認して扉を開くと、書類や書籍が山積みになったデスクから、黒縁の老眼鏡をかけた和泉が顔を上げた。 「……葉山?」  厚ぼったい瞼の下に覗く一重の瞳が、大きく見開かれとる。 「あれ……さっき湯浅が、お前と約束ある言うて帰ってったけど……」  男は不思議そうに椅子から立ち上がると、眼鏡を外しながら来客用のソファに俺を誘導した。  古い紙の臭いと、溜まった埃と、煙草の煙の臭いが入り混じり、布張りのソファに染み付いとる。  体重をかけて座ると、それらが鼻腔を掠め、不快感に眉を寄せた。  床にも書類が積み重なっとって、足の踏み場もないこの特異な空間の中で、俺は改めて眼前のだらしない男に向き直った。 「先生、俺が湯浅やなくて悪かったな」 「っ……どういう意味や……?」  惚けた顔をしているが、俺を見つめる眼光が強まり、俄かに緊張感を漂わせたんが分かった。 「俺、知ってんねん。先生と湯浅がデキてること」 「は……? 何言うてんねん。何で俺と湯浅が──」  そのしょうもない言い訳を最後まで聞かされんのも鬱陶しく、俺はポケットに突っ込んだ携帯を取り出すと、例の動画を最大音量で見せてやった。 『うっ……ぅンッせん……ッせ』 『湯浅っ……ッ湯浅──』 『っ……ッイっ、だ……ッぁ、メッ──!』  目の前のおっさんは、テーブルに置かれた携帯を呆然と見つめたのも束の間、すぐに自分の状況のまずさに焦りを見せ始めた。 「葉山っ……これは、違うんや……湯浅がどうしても抱いてほしいって言うからっ……仕方なく──」 「ええ年こいたおっさんが言い訳すなよ、見苦しい。教師のくせに何考えてんねん」   「違う、違うんやっ……湯浅は、ずっと自分がゲイやってこと悩んでたんやっ……誰かに受け入れてほしかったみたいで、それで……俺しかいいひんから仕方なく……仕方なかったんやっ!……それもこれも、湯浅を守るためや!」  男は膝の上で拳を握りしめると、神妙な顔をして黙ってしもた。  俺が聞きたかったんは、そんな馴れ初め話やない。 「先生、そんな話どうでもええわ。俺がここに来たんはな、湯浅を弄ばんといてほしいってことを言いにきてん。あいつ、クソ真面目で不器用やから、本気で先生にのめり込んでんちゃうかな思て」 「っ……お前の言うとおり、あいつ、俺に依存してるみたいやったし、正直、俺も手に余ってて──」    こいつの屑っぷりが笑える。ほんま──。  屑過ぎて笑いが止まらへん。   自分を守るための言い訳を重ねる男を一瞥すると、俺は早々に臭いソファから尻を持ち上げた。 「──葉山っ……湯浅とはもうこんな関係、解消するから、この件は誰にも言わんといてほしいっ……!」  最後まで自分、自分やな。このおっさん。 「用件済んだわ。ほな、さいなら」  湯浅。お前、残念やけど男見る目ないわ。
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