激 情

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 一ヵ月後、高専の代表メールアドレスに送られてきた匿名の連絡を受け、和泉助教授の転校が決まった。  自業自得や。  笑いもんになったらええ。  学生に、よりにもよって湯浅に手ぇ出した罰や。  学年中、学校中が、奴の処分の話で持ちきりやった。  学生と性行為に及んだことが処分の理由やったけど、その学生というのが誰のことなんか、学校側は名前を伏せた。    当然、周りの連中は少ない異性の誰に手を出したんか、妄想を膨らませては盛り上がっとったけど、俺は、そんな奴らの陰に佇む湯浅の姿を目で追った。  何食わぬ顔して、平然と過ごしてんねから大した度胸や。 「なあ湯浅、お前、和泉先生の研究室やろ? 誰が先生と寝た思う?」  何も知らへん同級生からの酷な問いかけに、奴は視線を落とすと、長いまつ毛を数度震わせて瞬いた。 「さあ……」  その端正な顔立ちは、まるで能面みたいに全ての感情を手放しとるようにも思えた。    あれから湯浅とは、一言も話してへん。  俺よりおっさんを選んだあいつに対して、腹が立って仕方なかった。  あいつが謝ってくるまで、絶対許さへん。  最初は、そんな風に思とった。  せやけど奴は、まるで何事も無かったかのように、まるで最初から俺との付き合いなんて無かったかのように振る舞いよった。  授業を受けるその背中が、凛とした横顔が、更に俺の苛立ちを増幅させた。  廊下や教室ですれ違う時の、たまに交わる温度の低い眼差し。  それを見つめるうち、ようやく気付いたことがある。  湯浅は俺を親友とは思てへんってことや。  幼い頃からずっと、兄弟のようにして過ごしてきたのに、あいつは俺に心を許してへんかった。    親友やと思てたんは俺だけ。  俺だけやったんや。  そう思た時、自分の中で何かが吹っ切れた気がした。  そして、後に残った積もり積もった苛立ちは、あいつを大切に思てた分だけ膨れ上がり、やがて憎しみに変わった。  内に秘めた憎しみは、過ぎ去る時間と共に溢れかえって決壊する。    ──和泉と寝た相手知ってるか? 湯浅や。  皮肉なことに、人より秀でたその見た目で、知名度のあった男の醜聞は、学生たちの好奇心を煽って瞬く間に学校中に広まった。  クラスの連中から、『お前と湯浅、仲良かったよな。いっつも一緒におったけど、お前らもデキてたんちゃん?』なんて揶揄われる度、最初こそ不快感を露わにしとったけど、それも逆効果やと悟ると、『ほんま今思たらいつ襲われてもおかしなかったよな?! 危なかったわ〜!!』なんて、本人に聞こえる声で冗談言って笑い合って。  可愛さ余って憎さ100倍とでもいうんやろか。  クラスで孤立してもなお、一匹狼みたいに気高さを失わへんあいつが、憎くて憎くて仕方なかった。  ほんま、俺ほど嫌な奴はおらん。  自分で分かってるわ。  せやけど、この憎しみを収める術を知らんかった。
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