激 情

9/12
前へ
/13ページ
次へ
 あいつは、学校の卒業を機に横浜市役所に就職し、それきり地元には戻って来んかった。  例の一件以降、誰も寄りつかんかったし、湯浅自身も殻に篭ったままやった。  奴の母親とはたまに顔を合わせたが、まだ戻らへん、まだ戻らへんと嘆くその姿に、自分の行いは棚に上げて、身勝手な親不孝者やと心の中で罵り続けた。  そして、12年後──。  俺は、高専卒業後、京都市役所に入庁し、幾度目かの人事異動を経て河川整備課で工事担当を任された。    結婚もして子供もおって、地味やけどささやかな幸せを手にし、仕事にもやりがいを感じとる。    たまたまその年は、毎年開催される全国の河川管理者が集う協議会の事務局を京都市が任されとって、俺はその事務局を担当する職員の補助として会議に出席した。  国土交通省を筆頭に、全国の都道府県、政令市が集まるんやから、大層な会議や。    係長級が一堂に会する場で、ぼんやりと事務局席の後ろで参加者を眺めながら、横浜市の卓上プレートに目を止めた。  周りはおっさんだらけの中で、しゅっとした若い男が座っとるなと思ってみたら、その顔には見覚えがあった。    湯浅や……。  湯浅や──!  あの頃より痩せたせいか、それとも歳を重ねたせいなんか、見るもんを惹きつける(かたち)の良い瞳は、学生の頃より彫りが深まって見える分だけ、細い鼻筋と薄い唇との調和がとれて、益々凡人離れした空気感を纏っとった。  濃紺のスーツから露出する白い肌は、以前と変わらへん。  せやけど、あの頃とは明らかに違う。  都会の地で洗練され、華やかな雰囲気を放つ大人の男へと変貌を遂げとった。 「──議題6について、横浜市さんお願いします」 「はい。横浜市では河川の残地処理について──」  湯浅がいる。  あの湯浅が。    名簿を見る限り、32歳で既に係長の肩書きを背負っとる。  隣に座る背の高いんは部下やろか。  実家にも帰らんと、誰にも何の連絡もせんと、平然と京都に帰ってきやがって、一体何様のつもりやねん。  現状を見せつけて自慢したいんか。    湯浅。湯浅。湯浅……。  嫌でも視界に奴の姿が映り込む。  久しぶりに見るその姿に、嬉しいんか、哀しいんか、苛立ちなんか、後悔なんか、自分でもよう分からへん複雑な感情が渦巻いて、会議なんて上の空やった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

141人が本棚に入れています
本棚に追加