カレー

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カレー

 テーブルを挟んで、世界中の女性を虜にする眩しい笑顔が向けられる。狭い独身者向けアパートの中で見るには、キラキラし過ぎていて、眩暈がしそうだ。今日の夕飯は、カレーだ。本格的なスパイスを使ったカレーではなく、市販のルウで作る、じゃが芋が入った、フツーの家庭的なカレーライスだ。ヒカルの好みで、ポテトサラダと福神漬けも添えられている。ウィステリアは「このピクルス変わってて美味しいね」と言いながら、スプーンで全部ぐちゃぐちゃに混ぜて食べている。両親か祖父母に「やめなさい、行儀悪い!」と怒られそうな楽しみ方だ。 「……ウィステリア、毎日うちに食べに来るけど、私の作るのは大体日本料理でしょ。飽きない? 母国の料理食べたいんじゃないの?」 「会食やランチなんかでは、母国や他の国の料理も食べてるし。それに、ヒカルのごはん、美味しいよ」 「ああ、そう……」  まさか、偶然入った店でお喋りしただけのイケメンが、毎日ヒカルの家に食べに来るようになるとは思わなかった。初めてウィステリアを夕食に招待したのは、もう一ヶ月前の事だ。いや、招待したと言うより『ウィステリアが強引に押しかけてきた』が正しいの経緯だが。それから毎日……仕事や付き合いで外食する時以外は、毎日ウィステリアはヒカルの家にやって来て、一緒に夕飯を食べている。 「一緒に暮らそうよ」  一ヶ月前ウィステリアがそう言った時、ヒカルはビックリし過ぎて暫らく声も出せなかった。固まっているヒカルを見て、声を上げて笑って言う。 「返事は保留にしとこう。ちゃんと考えてね」  片目を瞑ってウィンクした。それから一ヶ月、返事はまだしていない。ウィステリアも、特に返事を求めたりしない。キスも、あの日以来一度もしてこない。質の悪い冗談なのか、本気なのか判らない。ただ一緒にテーブルを挟んで向かい合い、食事を摂っているだけだ。なのでアレは現実だったのかさえ、判断がつかなくなってきていた。 「明日のごはんは何なの?」 「カレーうどんだよ。明後日は、カレードリア」 「えっ、何でカレーが続くの」 「日本人にとって、カレーはそういうものなの。節約のためにたっぷり作って、何日もかけて食べるんだよ」 「シュトーレンみたいだね……美味しいけど毎日……?」 「嫌なら無理に来なくてもいいよ、別に」 「毎日カレーでもいいよ!」  ヒカルがちょっと意地悪く笑うと、ウィステリアは躰を乗り出して手を伸ばし、ヒカルの右手を包み込むようにして引くと、指輪に唇を押し当てるようにキスをした。 「……っ!」 「あー顔が真っ赤だ、ヒカル。可愛い」 「とっ、突然こういう事するのやめてよ。心臓によくない」 「じゃあ、次から言ってからするね。ヒカルちゃん、キスするよ」  言うなり、ウィステリアは椅子から立ち上った。テーブルに片手をついて体を伸ばし、ヒカルの肩を引き寄せて口づけをした。ウィステリアはすぐに離れ、ニヤッと笑う。 「ごちそうさま。また明日ね、ヒカルちゃん」  それだけ囁いて、あっさり帰って行った。ああいうのが、モテ男の駆け引きなのか。一瞬でインパクトを与え、躊躇いなくサッと引く。残された方は、いつまでもその余韻に引きずられてしまう。  この調子じゃ、毎日一緒に食事をしているうちに、何だかなし崩し的に生活を共にさせられそうな気がする。そう思うと、怖いような嬉しいような、期待に震えて背筋がゾクゾクするような、何とも言えない初めての感覚をヒカルは覚えるのだった。
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