てるてる坊主殺人鬼

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てるてる坊主殺人鬼

 包丁は近所の川に投げ捨てた。  血で汚れた服も同じく、川に投げ捨てた。  帰宅。  食料品を冷蔵庫に入れてから、警察に通報した。   「奥さん、もう一度お尋ねします。食料品の買い出しに行って帰ってきたら、夫が殺されていたのですね」 「はい。わたし、慌てて110番しました。警察がくるまで、どうしたらいいか分からず、ただ放心していました」 「食料品は冷蔵庫に入れていますよね」 「そりゃ、腐ってしまいますから」 「けっこう冷静に行動しているように見えますが」 「そ、それは夫の死体を発見する前に行ったことです! 冷蔵庫に入れたあと、窓を見たら、大きなてるてる坊主のような影があって……」  わたしは、自分の体を抱くように、身を震わせてみせた。  今、演技を畳みかけるしかない。 「これって、話題のてるてる坊主殺人事件ですよね!」 「まだそうとは限りません」 「え……。だって、てるてる坊主殺人事件とそっくりな方法ですよね」 「この事件はだいぶ情報も出回っているので、模倣犯も出ると考えています」  自分の心臓の鼓動が速くなった。 「凶器の刃物が今までと食い違っています。捜査情報なので、詳しくはお伝え出来ませんが、今回の殺人は包丁が凶器でした。刺し傷から分かります」 「は、犯人の凶器が前回の事件で刃こぼれして、今回から包丁に変えたんじゃないでしょうか」 「時に、奥さん。料理はなされますか?」 「はい」 「台所を拝見しましたが、包丁がありませんでした」  まずい。川に投げ捨ててしまった。洗って、元に戻すべきだった。 「包丁の切れ味が悪くなって、交換しようと思っていたところなんです。今日は包丁を使わない料理にするつもりでした」 「そうですか」刑事は、訝しむようにわたしの顔を覗き込む。「では、質問を変えます。今日の午後からの行動を教えてもらえますか」  死亡推定時刻は割り出しているはずだ。  「12時過ぎに買い物に出かけました。夫は出かけてました。わたしが、3時30分くらいでしょうか。戻ってきたら、あのありさまでした。わたしと入れ違いに、夫は帰宅したんだと思います」 「どこまで買い物に行ったんですか?」 「近所のスーパーです」 「ずいぶんと長い間、買い物に出かけていますね」 「スーパーに行く前にちょっと散歩しているんです。ダイエットで……」    捜査員が刑事に耳打ちして、資料を見せる。新しい情報だろうか。早く、解放してほしかった。 「奥さん、旦那さんは最近怪我をしましたか?」 「? いいえ」 「台所からルミノール反応がでました」 「なんですか、それ」 「旦那さんの血痕の痕跡です」  自分が刺殺した場所だ。 「そこが、きっと犯行現場なんです! てるてる坊主殺人鬼は、そこで主人を刺殺したんです!」 「今まで、てるてる坊主殺人鬼は、外で殺しています」 「主人が料理でもしようとして、怪我をしたのかもしれません。たぶん、包丁とかで。それを拭いた痕だと思います」 「旦那さんは、顔と胸以外は無傷でした。料理をしようとして、顔や胸に傷を付くことはありません。それに、包丁はないのに、何で怪我をしたのでしょう」  この刑事はいやらしい。確実にわたしの犯行だと睨んでいる。  警察からのするどい追求は夜まで続いた。  わたしは、そのまま留置所に拘留された。うまくいくと思った自分が愚かだった。  一睡もできなかった。  朝、なぜか釈放されることになった。 「わたしを疑っていたのではなかったのですか?」 「今までの事件と異なる、細かい点は幾つかありましたが、それらは犯人の気まぐれの可能性もあります。また、新たな証拠がみつかったら、奥さんに聞きに行くかもしれませんが、とりあえずは、昨日はてるてる坊主殺人が起きなかったので」 「は? 昨日は起きなかった? 主人が殺されましたよね」 「すみません、言い方が悪かったです。旦那さん以外は、殺されなかったということです」 「?」 「てるてる坊主殺人の模倣犯の場合、もう1件、本当のてるてる坊主殺人が起きるはずです。今までの6件、雨の日は必ず犯行をしていますからね」  そうか、昨日の天気予報は、元々は晴れだった。雨が降ったのは、唐突のことだ。犯人も予期しなかったのだ。  犯人は事前に計画できなかったから、殺人を行わなかった。警察はそれを知らないので、夫殺しがてるてる坊主殺人だと断定したのだ。  天はわたしに味方していた。  浮かれたその日。夕方に警察が来た。 「これが、発見されました」刑事はビニール袋に入った包丁を見せた。  わたしが捨てた物だ。 「まさか、それに指紋が残っていたのですか……」 「いいえ、水で流されて指紋の類は分かりませんでした。ただ、旦那さんの刺し傷と一致しました」 「じゃあ、てるてる坊主殺人鬼の凶器ですね!」 「今までの事件で、凶器は捨てられていません。なぜ、今回だけ捨てたのでしょうか?」 「今回、包丁にしてみたが、しっくりこなかったんです。だから、捨てただけです。そんなに深い意味はないと思います」  次の日、また呼び出された。ノイローゼになりそうだった。  日に日に、わたしを見る、刑事の目がきつくなっている。  新たなてるてる坊主殺人が起こるまでわたしへの追求は続くだろう。新しい事件が起これば、警察の捜査はそっちに向くはずだ。  早く、次の事件が起きてくれないかな。  天気予報を見てみた。  晴れ、晴れ、晴れ……。  なんてことだ。当分、次の事件は起きない。  夜、逆さてるてる坊主を軒先に吊るした。てるてる坊主は晴れを願うものだが、逆さてるてる坊主は雨を願うものだ。  雨よ、降って!  てるてる坊主殺人鬼とは逆に雨が降ることを期待しているとは。  そういえば、なんでてるてる坊主殺人鬼は晴れを願っているのだろう。  雨が嫌いなのだろうか。    雨が降ると、休みになる職業はある。例えば、土木工事作業。足場が悪くなるので、休みになる。  仕事が休みだといいと思うが、人によっては仕事をしている方がいいかもいれない。例えば、夫婦仲が犬猿の仲で家にあまりいたくない、とか。  もやもやとした湿った疑念は、次の雨の日で確信へと変わった。  殺人は起きなかった。    きっと、犯人が既に……。  (了)  
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