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世間をにぎわず連続殺人事件
赤ん坊は、はいはいで歩き回って疲れたのか、絨毯の上で寝入っていた。
毛布をかけてあげる。
やっと一息つける。
育児から解放されたので、テレビをつけた。
最近世間をにぎわしている殺人事件の特集をやっていた。
イケメン司会者として有名な鹿田が出ていたのでこのチャンネルのままにした。
鹿田がホワイトボードを指さす。「見てください。既に6件の無差別殺人事件が起きています」
①~⑥まで被害者の名前、年齢、職業、だいたいの住まいが書かれている。
年齢、性別はバラバラだ。犯行は、東京、神奈川、千葉、埼玉で行われている。
助手のアナウンサーが質問する。「6件も事件が起きているのに、捕まらないものなのですね」
鹿田が答える。「今回、スペシャルゲストとして警察のOBにも来ていただいています。啓二さん、何かご意見はありますでしょうか? 素人目には、なんで犯人が捕まらないのか謎なのですが」
啓二が白髪の頭を撫でてから答える。「現在の警察の捜査能力では、髪の毛1本の遺留品から犯人を特定もできます。しかし、それが有用なのは、被害者の関係者に犯人がいる場合です。今回は被害者たちに接点がまるでないところから、無差別殺人だと思われます」
司会の鹿田が刑事に質問する。「無差別殺人だと、指紋などが残っていても犯人特定が難しいということでしょうか?」
「はい。犯人はまだ容疑者として挙がっていないと思われます。いくらDNA鑑定が進んだ世の中でも、DNA検査対象になっていない人は捕まえられないですからね」
啓二が付け加える。「犯人は、前科者ではないと思われます。初犯なんで、指紋とかの情報が警察内にないんでしょうね」
目撃情報から犯人の特徴は割り出せないものだろうか?
と思っていたら、同じことを鹿田が質問した。
それに啓二が答える。「この事件では、雨が影響していると思われます」
別のホワイトボードが運ばれてくる。
鹿田がそれを指さし、説明する。「ただいま、『雨』のキーワードが出てきました」
『犯行は、雨の日にのみ行われる』
ホワイトボードにはそう書かれていた。
雨の日は外出しないようにしよう。無差別殺人だったら、極端な話、わたしがターゲットにもなりうるのだ。
鹿田が啓二に詳細を求める。「雨の日だと目撃情報が少ないということでしょうか?」
「雨の日は外への外出が減るので、その分、目撃情報は少なくなります。大雨だと視界も悪くなり、目撃情報の正確さも欠けます。雷など鳴っていれば、多少の悲鳴は欠き消えます。また、犯人は傘などで顔を隠しやすいです。犯人がレインコートなどを羽織っていた場合、返り血対策にもなります」
雨合羽を羽織った殺人鬼が想像され、身震いした。
啓二は一呼吸置いてから続けた。
「殺人は外でやっています。被害者宅の近所で血痕が見つかっています。おそらく、外で刃物で刺して殺害しています。その後、被害者の持参している鍵を盗んで、被害者の自宅に運んでから、被害者を軒先に吊るしています」
鹿田が頷く。「犯人はすぐに被害者の家に連れ込めるように、被害者の家の近くで殺害しているということですね。ある程度、知能犯ということになりますか?」
「私のプロファイリングでは、有名大学を出ていると思います。ここまでみつかっていないので、事前に計画は練っているはずです。人気のないところを狙い、確定となる証拠は残していません。協調性はないと思われ、仕事は安定していないはずです」
「男性でしょうか? 女性でしょうか?」
「男性だと思います。被害者には男性も女性もいます。若い男性も被害者にいることから、体格のいい犯人像が想像できます」
「先ほど、協調性はないとおっしゃられましたが、どこからそれが分かるのでしょうか?」
「犯行方法から想像できます。快楽殺人か、幼稚なのか……。普通、てるてる坊主に見立てて殺したりはしないでしょう」
『てるてる坊主』のキーワードが出てきて、新しいホワイトボードがスタジオに運ばれてきた。
鹿田がホワイトボードに書かれたことを説明する。「今回の被害者は、『てるてる坊主』そっくりに殺害されています」
(1)軒先にロープで吊るされている
(2)白いシーツや白いカーテンを巻き付けられている
(3)髪を剃られている
(4)顔面の皮を剥がされている
鹿田が上から説明する。「(1)はロープのような物で、被害者宅の軒先に吊るされていました。ロープ自体にこだわりはないらしく、被害者宅にあった紐状の物を使っていたというこです」
犯人は、被害者宅の物を使っているのか。
鹿田が(2)について説明する。「白いベッドシーツの時もあれば、白いカーテンの時もありました。いずれも、被害者の物で、被害者はワンピースを着たようにそれらで巻かれていたそうです。犯人が購入した物でないので、白いシーツなどから犯人を特定するのは難しそうです」
主に(1)と(2)の理由から『てるてる坊主』なのだろう。雨の日に殺害されているし。
(3)はなんとなくわかる。髪があると『てるてる坊主』っぽくない。
(4)は? てるてる坊主とは別物の気がする。
わたしと同じことを思ったアナウンサーが啓二に質問する。「(1)~(3)までは分かるのですが、(4)はてるてる坊主と関係あるのでしょうか?」
「大ありです。ではみなさんにてるてる坊主を作っていただきましょうか」
啓二が言うと、スタッフたちが出てきて机を引っ張ってくる。机上にはティッシュ、輪ゴム、マジックインキ、セロテープ、紐、ハサミが用意される。
司会とアナウンサーに作ってもらおうという流れだ。
面白そうだったのでわたしもやってみようと思った。
かわいいてるてる坊主を作ったら子供も喜ぶかもしれない。
鹿田が腕まくりする。「てるてる坊主を作るのなんて、子供の時以来ですよ」
わたしも負けじとティッシュを丸めて頭を作る。
輪ゴムで首の部分を止めて、頭と胴体を分ける。
マジックインキで顔を描いた。
紐を首に巻いた。セロテープで固定する。
完成だ!
スタジオ側も完成していた。
鹿田が自慢げに紐を持って、てるてる坊主を吊るした。
「どうですか、これ。……あれ」
吊るした瞬間、頭が逆に回転した。頭が下になってしまった。
スタジオ内で爆笑が沸き起こる。
助手のアナウンサーが自分のてるてる坊主を鹿田に見せびらかす。
「こうやって作るんですよ~」
助手のアナウンサーのてるてる坊主は頭が上になっていい感じにできていた。ニコニコの顔も描かれていて、かわいいてるてる坊主だ。
完璧なてるてる坊主だと思ったが、警察OBの啓二に釘を刺された。
「残念ながらどちらのてるてる坊主もNGです」
「えー、あたしのてるてる坊主もダメなんですかぁ!?」
助手のアナウンサーのてるてる坊主が間違っているとしたら、わたしのてるてる坊主も間違っているということだ。
真ん丸な頭。
こちらも笑顔になるようなかわいい顔。
スカート部分もちゃんとできている。頭より体は大きいが、ちゃんとバランスがとれている。そのため、頭が上になる正上な向きで吊るされている。
どこも間違っているところは見当たらない。スタジオ内も同じ意見だった。
啓二が答えを言った。「顔です。ペンで顔を描いていますね」
「え、ダメなんですかぁ?」
「はい。正式なてるてる坊主は顔を描いてはいけません。顔を描くのは、願いが叶って、晴れた時です」
達磨と同じ形式か。
助手のアナウンサーが頷く。「世間一般では、間違った人が多いということですね」
鹿田がきく。「そもそも、なんでてるてる坊主を作らされているのでしたっけ?」
「犯人がてるてる坊主を見立てているということを証明するためです」
カメラの視点がホワイトボードに移る。
「(4)は、正式なてるてる坊主を表すために行っていると思われます」
司会の鹿田が反論する。「正式なてるてる坊主に顔がないのは理解しましたが、まだ釈然としません。(1)~(3)はてるてる坊主そのままですが、(4)だけはちょっと異常です。そこまでする必要があるのでしょうか」
「といいますと?」元刑事の啓示が聞き返す。
「実は、『てるてる坊主に見立てている』と思わせているだけなのではないでしょうか。本当は、被害者の顔を潰したかっただけとか。よく推理小説である、『被害者の身元を隠すため』とか」
「それは違いますね」啓二が真っ向から否定する。「被害者は全員、すぐに身元が判明しています。顔が判別できなくとも、指紋、DNA鑑定ですぐに身元は分かります」
なるほどとテレビに見入っていたら、傍で怒鳴り声が響いた。
「おいっ!」
夫だった。
「あら、おかえり」
「子守りもできないのか、お前は!」
夫が子供から何かを取り上げる。背中で見えなかった。
子供もいつの間にか起きていたか。
「ちょっとくらいテレビを見てもいいでしょ」
「これを舐めようとしてたんだぞっ!」
夫が赤ん坊からとりあげたものは、ハサミだった。
さっき、わたしがてるてる坊主を作る時に使っていた物だ。おきっぱなしにしていて、赤ん坊がとってしまったか。この年頃の子はなんでも口に含んでしまうのだ。
「今後は気を付けるから、怒鳴らないで」
しかし、夫の怒りは収まらなかった。
「こんなくだらないバラエテイなんか見てて、育児放棄か。猟奇殺人の事件のことなんて、子供の教育にもよくないだろ!」
「まだ言葉なんて分からないんだから、いいでしょ」
最近、喧嘩ばかりだ。
大手ゼネコン関係なので、給料が安定していると思って結婚してしまったが、実際は工事現場の現場指揮官で、思っていたほどの給料ではなかった。
せめてもの救いは、仕事の帰りが遅いので会う時間は少ないことか。
夫は、専業主婦を馬鹿にしたきらいがある。自分は休日だって、遊び歩いて、全く家事・育児をしないくせに、文句ばかり言うのだ。
夫が休日にでかけるのだって、どうせパチンコなのだ。結婚の時、ギャンブルはもうやめると言っていたが、それについて文句を言うと、自分の小遣いの範囲で遊んでるんだから問題ないだろ、と怒鳴られる。
だから、時々、こう思う。
巷で話題のてるてる坊主殺人鬼が、夫を殺してくれないかと。
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