てるてる坊主の殺人

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てるてる坊主の殺人

 夫は帰ってくるなり、怒鳴り散らしてきた。 「帰る時間は伝えてただろ、なんで夕飯を作ってないんだよ!」 「だから、今作ってるでしょ!」 「こっちは残業で疲れてるんだよ!」  夫が肩を掴んできたので、振り払った。  とっさの出来事だったので、自分が何をしでかしたのか理解するのに時間がかかった。    わたしは、包丁を手に持っていた。その手で振り払ってしまった。  見ると、夫の口元がすっぱり切れた。  少しの傷だが、赤い線ができて、そこから血が垂れた。  夫の顔がみるみる鬼の形相に変わっていく。  夫が襲ってきたので、無我夢中で抵抗した。  怖かった。  目をつぶって、包丁を振り回した。 「来ないでっ!」  もうこんな生活はいやだ。毎日毎日、喧嘩が絶えない。  どのくらいの時間、わたしが包丁を振り回しているか分からなかった。  目を開けると、夫が倒れていた。  わたしの包丁は血で真っ赤だ。 「嘘でしょ」  うつ伏せの夫を仰向けにした。心臓の位置から血が流れていた。  恐る恐る、脈を測る。  脈がない。  殺してしまった。  ベビーベッドで寝ていた赤ん坊が泣き叫んでいた。  ざーざー。  雨音で、意識がはっきりした。  洗濯物を取り込まないと。  殺人をしてしまったのに、のんきにそんなことを思ってしまった。  今日は晴れの予報だったのに。  雨。思い出される、てるてる坊主殺人事件。  夫殺しを、てるてる坊主殺人鬼になすりつけられないだろうか。    夫を殺してしまったのは、幸いにも雨の日だ。  被害者は刃物で刺されたと言っていた。夫の死に方とも一致する。  いける。てるてる坊主殺人鬼にスケープゴートできる。  夫の髪はもともと坊主に近いので、何もしなくてもよい。運が自分にめぐっている。 「あ」  夫の顔を見て、口元の傷に気づいてしまった。包丁で、わたしが第一撃をくらわした痕だ。  ちょっとした傷だが。これは致命的だ。  てるてる坊主殺人事件では、被害者は外で殺されている。  口元に、こんな傷ができるのはおかしい。  流行性ウィルスのこの世の中、ノーマスクで外出したとは考えにくい。  この口元の、少しの傷は、マスクをつけたままではできない。  マスクをつけない相手に傷をつけられたとすると、身内の犯行だとばれる。 「あ、そうえいば!」  先日のテレビ番組を思い出した。  被害者は、正式なてるてる坊主に見立てられていたため、顔の皮を剥がされていた。それで、口元の傷はごまかせる。  善は急げ。夫を風呂場まで引きずった。  手が震えた。先ほどは思わず殺してしまったが、今は違う。はっきりとした意思でやらなければならない。  ここで時間をロスするわけにはいかない。時間が経てば、雨が止んでしまう。  心を無にして、遺体を切り刻んだ。  その後、ベッドのシーツで夫を包んだ。    あとは、カーテンを紐状にして軒先に吊るすだけだ。  カーテンを夫の首に巻いた。  椅子にのり、軒先にかけた。  うまくいくとおもったら、夫の体重で首の結び目がとれて、下に落ちてしまった。大きな音が近所に響く。    周りを見渡す。誰も外には出ていない。雨音で気づかれなかった、と思いたい。  結び目を頑丈にして、再度試した。    うまくいった。  台所の血は拭いた方がいいだろう。風呂場は死体の顔を切り刻んだ場として、血は拭かなくていいと思うが、台所は本来の犯行現場であるべきではないので、雑巾で丁寧に拭いた。  時間を確認する。  午後3時。  日曜日のこの時間、いつもなら食料品の買い物に出かけている。普段通りに過ごすか。わたしが買い物から帰ってきたら、夫の死体を発見した体にしよう。  この殺人は、てるてる坊主殺人の内の1件として、処理されるはずだ。
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