あたたかい手のひら

1/1
前へ
/7ページ
次へ

あたたかい手のひら

 しばらく沈黙したあと、グルーはアーサーを睨みつけた。 「……いいのか」  アーサーは眉を寄せる。 「なんです?」 「お前の国は資源に乏しく、貧しい。マルク王国の援助がなければすぐに立ち行かなくなるだろう」  低く轟く雷のようなグルーの恐ろしい声に、アナスタシアはびくりと肩を揺らした。  しかし、アーサーは平然とした様子で、さらりと返す。 「おや、今度は脅しですか」  グルーも引かない。 「選べ。その女か、自国か」  アーサーは迷うことなく、はっきりと言った。 「もちろん、アナスタシアをいただきます。もう二度と、彼女にこんな思いはさせない。そして、王国もしっかりと守る。どちらも幸せにする」 「……っ!」    ふたりは一歩も引かずに睨み合った。しばらく沈黙が落ち、ホール内の時が止まったように錯覚する。 「ふっ……ふはははははっ!!」  突然、グルーが乾いた笑い声を上げた。ホール中の視線がグルーに集まる。   「……そうか。ならば、すぐに後悔することになるだろう。国と国民を犠牲にし、その女とともに滅ぶがいい」  そう吐き捨てると、グルーは鬼のように真っ赤な顔、血走った瞳でアナスタシアを睨みつけ、ホールから出ていく。アナスタシアは、グルーの後ろ姿を呆然と見つめていた。    初めて会ったとき、なんて綺麗な人だろうと思ったその顔は、今やひどく歪んでいるように見えた。  アナスタシアの目が悪くなったのか、それとも彼の心が人相に滲み出たのか。どちらにせよ、美しいとは到底思えない顔をしていた。  グルーの姿が見えなくなると、アナスタシアはホッと息を吐いた。気付かないうちに息を止めていたらしい。  気付いたアーサーがかたわらにひざまずく。 「大丈夫ですか?」 「はい……あの、アーサー様。本当にありがとうございました」 「いいや。間に合ってよかったよ。頬は? 腫れてるね。すぐに冷やそう。立てるかな?」  アーサーは穏やかに微笑み、アナスタシアにそっと手を差し出す。アナスタシアがそろそろと手を出すと、アーサーはその手を取って強く引き寄せた。アナスタシアの小さな身体は、すっぽりとアーサーの胸の中に収まった。 「よく頑張ったね……。もう大丈夫だよ」  アーサーがアナスタシアの耳元で、そっと囁く。その優しい響きに、アナスタシアは涙を流して頷いた。   「さて。行こうか、アナスタシア」 「……はい」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

248人が本棚に入れています
本棚に追加