第11話

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第11話

 千尋もお手伝いした『ぼく伝』は新バージョンが無事リリースされた。セールスも好調とあり、ささやかなお祝いの席が設けられた。リフレッシュルームに、ケータリングした料理やおつまみ、スナック菓子などを並べ、缶ビールやチューハイで乾杯した。社内コンペの結果も発表されるので、ドキドキしながら参加する。低アルコールのチューハイをちびちび舐めていると、司会の若手社員がおもむろにアナウンスを始めた。 「それでは、社内コンペの結果発表です。今回なんと三十三作品もの応募がありました。審査員も大いに悩んだハイレベルな戦いだったそうです。一方、こんな作品も……」  壁面に映し出されたのは、子どもみたいな(つたな)い絵だ。 「これ、猫……?」 「犬には見えないだろ」 「ある意味(とが)ってる」  社員たちも笑いを堪えながら、誰のだろうと周りを見渡す。不貞(ふて)(くさ)れたように手をあげたのは颯斗だ。 「え? これ、まさか颯斗さんが?」 「そのまさかです! ……俺は学生時代ずっと美術は1でした。『ぼく伝』のキャラデザの最終決定権がないのはそういう理由。あ、でも自慢じゃないけど美術以外は5だぞ!」  鼻を膨らませる颯斗の姿に、社員たちも親しみを感じ、楽しげに笑う。 「『参加することに意義がある』ということですね。社長、お忙しい中ありがとうございました。それでは発表します。商用に採用される栄えあるグランプリは、セットアップ担当の石川さんです!」  選ばれた社員が歓声をあげて跳び上がった。公式サイトのキャラ紹介と同じフォーマットに印刷された大きなボードを颯斗が手渡す。自分が選ばれなかったことは悔しいが、ボードに描かれたキャラは確かに素晴らしい。デザインが本職でなくとも、ゲーム会社に勤める社員ならこれくらいの実力を備えているのだと改めてプロの世界の厳しさを思い知る。その他、幾つかの部門賞が発表され、喜びや落胆の声をほろ苦く見守る。  全身全霊をぶつけた作品だっただけに、結果に対する落胆も大きかった。そっとテラスに脱け出す。 「くそっ……。頑張ったんだけどなあ」  (ひと)()ち、顔を歪めて堪えたが、涙がぽろぽろと転がり落ち頬を濡らす。夜風に晒され肌が冷たい。  そこへ、ふわりといい匂いが漂う。振り返ると颯斗が立っていた。  慌てて涙を拭い、ぺこりと頭を下げリフレッシュルームに戻ろうとすると、腕をやんわり掴まれた。 「君のデザイン、俺はいいと思ったよ。ドレスが嫌いなお姫様と、ドレスが着たい王子様の双子。『ぼく伝』が初期から大事にしてる多様性がストレートに出てた。君が訴えたかったこと、俺は理解できたよ」 「……ありがとうございます。社長にそう言っていただけて、インターンの僕には身にあまる光栄です」  ぐっと目に力を入れるが口元は歪み震える。 「今回求めてる作品像とちょっと違ったから選ばれなかっただけだ。作品自体は素晴らしい出来だったよ。自信を持っていい」 「でも、落選は落選ですから」  なおも硬い表情の千尋に、颯斗は困ったように微笑んで小声で耳打ちした。 「……バレたら社員が騒ぐから、ここだけの秘密だぞ。俺は、君の作品を賞に推したんだ」  驚いて、まだ涙の収まりきらない目で颯斗を見つめると、彼は深々と頷いている。 「だから公式には何の景品もないけど、俺個人から何かあげたいんだよ。……例えば、俺、クローズドなイベントに招待されてるんだけど、基調講演(キーノート)が有名なデザイナーで」  颯斗が口にしたデザイナーの名前に千尋は息を呑む。憧れの人だったのだ。 「もし興味あるなら、一緒に行くか?」 「そんな貴重な機会に僕なんかを連れて行ってくれるんですか……?」  夢なら覚めないでくれと祈るような気持ちだ。無邪気に大きな期待を抱かないのも、失望・落胆しないために身に付けた悲しい処世術の一つだ。  だが颯斗は涼しげに微笑んでいる。 「一人で行く予定だったから、チケット余ってるんだ。その代わり、立食のカクテルパーティーしかないから美味いものはないぞ」 「社長と一緒に講演が聴けるだけで夢みたいです。食事なんて、そんなの気にしません」  講演に連れて行ってもらえるのが本当だと実感し始め、千尋の頬は興奮に上気し、目はきらきらと希望に輝く。颯斗は一瞬意表を突かれたように目を見開いた。 「……そうか。案内を転送しておくよ」  彼は千尋の肩を軽く一つ叩いてリフレッシュルームに戻る。千尋はお酒ではない熱で赤らむ頬で彼の後ろ姿を見送った。
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