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第7話
先輩からの目の覚めるような叱咤を受け、千尋は改めて、なぜ『ぼく伝』が好きなのか、どんな世界であって欲しいのか、そのためにどんなキャラクターが必要だと思うのか、そして千尋だからこそ貢献できるのはどんなキャラクターかを改めて深く考えた。
自分が一番好きなのは、やはり王子様とお姫様だ。しかし子どもの頃苛められたことを思い出すと、好きなものをストレートに表現することにはためらいがある。
千尋は、インターンシップ以外の時間で様々なオンラインのクリエイターコミュニティに参加したり、ディスカッションを見たりした。中でも一番学生や初心者にも開かれていそうなコミュニティのミートアップに参加することを決めた。普段はオンラインでの交流だが、会社員が多いのでミートアップは平日の夜二十時スタートだ。自宅のパソコンからビデオ会議システムにアクセスする。数人のグループで三十分ほどお喋りしたら、グループ替えだ。
「初めまして。MEL専門学校ゲームデザイン科の千尋と言います。オリジナルキャラのデザインに悩んでいて、今日は皆さんのお話を聞ければと思って参加しました」
初対面の人に自己紹介する緊張で、愛想笑いが引きつっているのが自分でも分かった。
「千尋君! こないだ書き込みしてくれたよね? 僕、あの時のトピ主。虹弥です。今日はよろしくね!」
短い髪をつんつん立てた明るい男性は他のメンバーとも顔見知りのようだ。二十代後半くらいだろうか。
魅力的なキャラクターをデザインしたいという千尋に対し、ある参加者が参考になる論文を教えてくれた。
「ユーザーがキャラクターを好きになるキッカケは外見が大きいけど、好きでい続けるかの決め手は、性格の好感度らしいよ」
努力家、ポジティブ、笑顔が可愛いなど、キャラを知って初めて分かる魅力を取り入れてはとのアドバイスに、千尋は深く頷いた。
「確かにキャラクターは友達みたいなものだから、長く付き合うなら性格も大事ですよね。僕、外見のことばっかり考えてました。もっと性格も考えてみます!」
「そうだね、あと意外性とか。『あの子って意外と○○なんだ』とかね。ギャップも魅力になるじゃない?」
目を輝かせた千尋を、先輩たちも笑顔で応援してくれた。特に虹弥は、千尋のことを気に入ってくれたらしく、その後も「ちぃちゃん」と呼んで可愛がってくれる。
*
「都倉君ありがと。この似顔絵、似てる~」
先輩たちにコーヒーを配っていると横から視線を感じる。目を向けると、そこには社員と立ち話をしている颯斗がいた。しかし目が合ったのは一瞬で、すぐ彼の視線は話し相手に戻された。それでも、憧れの人と視線が絡んだ事実に千尋の心臓はせわしなくなる。染まる頬を隠すように、そそくさとその場を後にした。
お手洗いから戻り、自分の席に置かれたキャンディーに気づいてにっこりする。最近、席を外している間にお菓子をくれる人がいる。チョコやキャンディー一個、おせんべい一枚など、もらうこちらの負担にならないような、ちょっとしたプレゼントだ。周りに聞いても、誰も知らないと言う。
「インターンを頑張ってる都倉君をねぎらってくれる妖精さんじゃない?」
「だったら嬉しいです」
悪戯っぽい笑みを浮かべた先輩に、控えめに微笑み返す。以前ならば、何かの嫌がらせか罠だろうかなどと思っていただろう。一度だけプロテインバーが置かれていたこともある。食事を摂る余裕がない颯斗が自席で同じものを食べていたのを思い出し、ドキッとした。お菓子をくれているのが颯斗ならと、以来、甘やかな期待を心密かに抱いている。
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