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第9話
颯斗からのお礼とアドバイスが嬉しくて、自席に戻って嚙み締めながら借りてきた本のページをめくる。裏表紙の内側に「一ノ宮」という印鑑が押されている。見入っていると、隣の席の先輩が声を掛けてきた。
「それ、リフレッシュルームの本?」
「ええ。社長のはんこが押してあるので、私物なのかな? って」
「ああ、あそこの本、元は全部颯斗さんのだよ。読み終わったら会社に寄付してくれるんだ。人から借りた本と混ざらないように、自分が買った本にはんこ押してるんだって」
「会社で買ったんじゃないんですね」
「自分が読みたい本は自分で買うんだって。颯斗さんは公私混同が嫌いだから。よく芸能人とかと食事行ってるでしょ? あれも、会社の交際費は使ってなくて、自腹らしいよ」
ストイックな彼にますます惹かれる。千尋は、颯斗が貸してくれた本を貪り読んだ。
本に熱中していると、外線電話が鳴りだした。あいにく今は昼休みでオフィスに人の姿はない。千尋は少し緊張しながら滅多に出ることのない外線を取った。
「はい、サムライゲームです」
「おたくの『伝説』を使ってる者だけど」
切り口上で名乗りもしない男性に違和感を覚えながら、頭を下げる。
「いつも『ぼくらの伝説』ご利用ありがとうございます」
「あぁ? お前の会社で『伝説』ったらあれしかねーだろ。売れてるゲーム一つしかないんだから」
「……申し訳ありませんでした。本日は、どのようなご用件でしょうか」
千尋は咄嗟に、電話機にICレコーダーを繫いだ。答えられない質問なら、正確に社員に伝えなければと思ったからだ。
「いつまで経ってもログインできないし、ログインしても画面が固まったままで、全然使えねーんだよ!」
最初から居丈高な口調ではあったが、急に電話の相手の男は大声をあげた。受話器を耳から遠ざけた後も、キーンと耳鳴りが続く。
「大変申し訳ありません。そういう事象が出たのは何時頃か覚えてますか?」
おずおず尋ねると、男は更に怒り始めた。
「ンなの今日はずっとだよ、ずっと!」
「そうですか。今日そういうトラブルが出ているという話は聞いていないので、確認します。少しお待ちいただけますか」
「はあ!? 俺を疑う気か? こっちは金払ってんだぞ! 即答できないようなボンクラが、なんで電話出てんだよ!」
「……申し訳ありません」
「謝って済む話じゃねえだろ! こんな使えない社員の給料払ってる客の身になってみろよ! 誠意がねえよ!」
大声で怒鳴られると、苛められた時の記憶で、喉が締め付けられたようになって声が出ない。受話器を握る手は冷たく汗ばんでいる。震えている千尋の姿に、三々五々とオフィスに戻ってきた社員が気づいた。千尋の肩を叩き、俺に代われとジェスチャーで訴える。頷き返すと、先輩社員は千尋の電話機の保留ボタンを押し、すぐさま隣の席の受話器をピックアップした。
「お電話代わらせていただきました」
青ざめている千尋を見かね、呼びに行くまでリフレッシュルームで休むようにと先輩たちが気遣ってくれた。録音も総務担当に渡した。言いがかりだと思う反面、何も言い返せなかった自分が不甲斐ない。罵声を浴びせられて傷つき、しょげていると、鬼沢が聞こえよがしに大きな溜め息をつきながらリフレッシュルームに入って来た。
「さっきのお客様対応は終わったわ。クレームは総務が対応するって、私、説明したわよね? すぐこっちに回してくれなきゃ困るわ。……あなた社内コンペに作品を出すんですって? しかも社長に相談したそうね。今どきの学生は恩知らずなんだから。美味しいとこ取りばっかり! 毎年のこととはいえ嫌になるわ」
出たくてクレーム電話に出たわけじゃない。デザインはたまたま颯斗から見せて欲しいと言われただけだ。理不尽な責めを受け、悔しさで一杯になるが、社内コンペに出したいと考えていた作品を見てもらったのは事実だ。千尋は、唇を嚙んで俯いた。
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