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第12話
「今度、社会人が集まるイベントに行くんだけど、着ていく服を見繕ってくれない?」
翌日学校で、お洒落なクラスメイトに声を掛けた。
上京後も学校にはオタクっ子が多いのをいいことに、外見に対するコンプレックスから目を逸らし今日まで来てしまったが、こんなチャンスがこの先そうそう巡ってくるとは思えない。顔や体型は変えられないが、せめて社長と並んで恥ずかしくないようにしよう。
恥をかなぐり捨てて友人に頼った。彼は馬鹿にすることなどなく快く引き受けてくれ、買い物にも一緒に来てくれた。
「服を買う時は、恥ずかしがらずにお店の人に相談するといいよ。TPOを伝えて全身コーデしてもらいな。マネキン見て気に入ったら全身まとめて買うのもお勧め。今日は俺が選ぶな。一枚目に買うジャケットは、定番のネイビーがいいと思う。どんな色にも合わせやすいし、色白の都倉に似合うよ」
ジャケットに合わせたのは細かいチェックのシャツとホワイトデニムだ。試着した姿もチェックしてもらい、お墨付きももらった。
カンファレンス当日の午後。颯斗との待ち合わせ場所に早々に到着した千尋は落ち着かない。行きかう人の姿も目に入らず、そわそわと短く切った襟足に触る。今日のために、眼鏡は使い捨てのコンタクトレンズに変えた。髪もクラスメイトに紹介してもらった美容師さんに切ってもらった。癖っ毛を活かしたスタイリングだ。
緊張のあまり、目の前に颯斗が立つまで彼の接近に気づかなかった。
「とくらく」
「……っ、わっ!」
声を掛けられ、びくっと身体を震わせた千尋に、颯斗も軽く身を引いた。
「驚かせてごめん。……大変身だね! 最初は君だって気づかなかったよ」
まじまじと見つめられ、千尋は不安げに前髪を弄る。
「へ、変ですか……?」
「いや全然。むしろめっちゃいい。可愛いよ。……絶対『隠し持ってる』とは思ってたけど、まさかここまでとはな~」
颯斗は感心したように息をつきながら腕組みをし、頭の先から爪先まで矯めつ眇めつ眺める。頬から火が出そうだ。
「ああ、じろじろ見てごめんね。あまりに可愛かったから。……今日のイベント、楽しみにしてくれてたんだね」
静かに微笑んだ気配のする声に、ようやくおずおずと顔をあげて彼をまともに見られた。颯斗はネイビーのクルーネックのセーターにカーキのジャケット、ホワイトデニムに身を包んでいる。さり気なさが、むしろ『場慣れしたいい男』感を際立たせている。
「一ノ宮社長、今日は柄物じゃないんですね」
緊張のあまり頓珍漢なコメントをしてしまい、言った端から慌てたが、颯斗は面白そうに噴き出した。
「やっぱり俺って柄物のイメージ? 記者会見とか取材受ける時は、俺が主役だからね。でも今日はゲストだから。主役より目立っちゃ失礼だからさ」
「……あの、今日の服装も、大人っぽくて素敵です」
「ありがとう。都倉君も格好いいよ。君、首と肩がすらっとしてるから、顔回りをスッキリさせて今日みたいな襟の高いシャツ着ると、魅力が際立つね」
いつもと違う千尋の姿に対する僅かな戸惑いや照れを颯斗は隠しもせず、小さな笑みを浮かべている。
(ウグッ。イケメンの照れ顔すげえ……。今のでザコキャラなら一発で死ぬな……)
ときめきを喩えようにも語彙がゲームな自分を省みる余裕はない。
会場のホテルに着くと、グラスを片手に多くの人が歓談している。スーツ姿やスマートカジュアルな装いの洗練された社会人ばかりだ。きょろきょろと見回し、やっぱり普段着で来なくて良かったと内心胸を撫で下ろす。すると、前から目を丸くして、声を裏返らせて驚いた様子で虹弥が近づいてきた。
「ちぃちゃん!? なんでここにいるの?」
「インターン先の一ノ宮社長のお供で来ました。虹弥さんは?」
「僕の会社の社長が、主催者と友達なんだ。それでお手伝い。やだー、すごい可愛い!」
虹弥は興奮しているのか、ベタベタ千尋に触って来る。困ったと思っていたら、助け舟を出してくれたのは颯斗だった。
「都倉君。基調講演楽しみにしてたでしょ。そろそろ席に行こうよ。……すみません、失礼します」
後ろから声を掛けてきた颯斗の声には僅かだが苛立ちが混じっている。恐る恐る振り返って確認する。社交的な笑みを顔に貼り付けてはいるが、目は笑っていない。
「虹弥さん、これで失礼します」
「うん。またね~」
虹弥がひらひらと手を振って弾むような足取りで離れていくのを確かめると、颯斗が小さく息をついた。
「さ、行こう」
彼は千尋の細い腰に手を回してきた。
(…………!?)
肩や腕以外への接触は、コーヒーをこぼして火傷を心配してくれた時以来だ。まるで女性をエスコートするような態度にどぎまぎしながらも、促されるままに従う。
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