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番外編 カフェ店長は見た!
サムライゲームのオフィスがあるビルの一階には、カフェがある。
リモートワークが多く出社率が低い業界だが、サムライは、オフィスで働くことを好む社員が多いらしく、カフェもまずまずの活況を呈している。
カフェ店員は、なかなか定着しにくい職種なのだが、この店舗に限っては店員の定着率が良いとチェーン本部でも評判だ。
なぜ店員が辞めないか?
それは、サムライゲームは若く格好良い男性社員が多く、社員を『推し』に見立てて萌えている店員や、美男子同士のカップリングを妄想して楽しむ腐女子が多いからだ。「壁になって、推しCPを見ていたい」という願望が、この店なら叶う。とは言え、現実にはオープンなゲイカップルがいるわけではないので、脳内の妄想ではあるのだが。
インターンシップ初日、デスマ気味のリリースにビビっていた千尋が初めてお使いに来た日に対応したのは、店長・恵衣子だ。彼女もバリバリの腐女子である。千尋を初めて見た時に思ったのは、
「この子……、逸材だわ!(※萌え・妄想の素材として)」であった。
「えー。あの子、見るからに地味オタじゃないですか」
この日のシフトが腐女子店員だったこともあり、お客がいない時間帯は大いに盛り上がっていた。話題はもちろんニューフェイスの千尋だ。
「分かってないわね! あの子、実は可愛い顔してるのよ。少女漫画で言ったら、眼鏡外しておさげ解いたら美少女になるやつよ!」
恵衣子は鼻を膨らませて力説する。
「ちょ、その妄想力(笑) ちなみに恵衣子さん、あの子は誰とカップリングですか?」
「……そうねえ。まぁ、若くて子鹿みたいな子が意外に暴れん坊な攻め! っていうのも悪くはないけど、順当に行けばあの子が受けよね。攻めは……。社長ね(きりっ)」
「きゃー、やばーい! イケメン社長、恵衣子さんの推しじゃないですか」
店員は涙を流して笑っている。事実、颯斗は恵衣子の推しである。
「私の妄想じゃなくて、一ノ宮さんはガチでゲイだと思うわ」
恵衣子が力説するのには根拠がある。颯斗本人が自分でカフェに買い物に来る機会は少ないのだが、そのレアな機会に舞い上がる女性店員には微妙に態度が冷たいのだ。一方、数少ないが、若い男性店員がいたりすると当たりが柔らかい。
「イケメン、細マッチョ、高身長に高学歴しかも社長。スペックは最強、まさにスパダリ攻めよね! サムライは、颯斗総攻めのハーレムでもいいぐらいよ」
そんな恵衣子も、キュートな千尋の登場により、推しCPが「はや×ちひ」になったのである。
萌えながら食洗器にカップを放り込む恵衣子を横目に、腐女子店員も楽しげに自分の推しを語る。
「私は短髪黒髪が好きなんで、開発ディレクター攻め・優男副社長受けですね」
「ああーそれも分かるー。黒髪もいいよね」
キャッキャウフフと盛り上がる女の園であった。
そんなある日、カフェでキャンペーンが始まり、店には小さい動物の縫いぐるみが多数デコレーションされた。
店にお使いで来た千尋は、すぐさま縫いぐるみに反応する。
「わあ……。どれも可愛いなあ」
くるくる変わる君の表情こそ可愛いよと内心思う恵衣子だが、愛想笑いを浮かべて、客である千尋を見守る。彼が突いたのは、白くてフワフワしたウサギだった。
その翌日、颯斗が一人でカフェに現れた。
「あら、一ノ宮社長。珍しいですね、ご自身で買い物なんて」
サムライがこのビルにオフィスを構えてから既に三年以上経つ。その時から店にいる恵衣子だからこその軽口だ。
「ちょっと気分転換したくてね。ぶらっと出て来てみた」
にっこり颯斗が微笑む。さすがイケメン。迫力が違う。たとえゲイだと分かっていても(羽多注:分かってるんかい!)ドキドキしちゃうわね、と恵衣子ですら胸をときめかせる威力がある。
彼も縫いぐるみのデコレーションに気づいた。
「それ昨日から始まった飾りつけなんです。サムライの方からも『可愛い』って好評なんですよ」
「へえ、そうなんだ。確かに、どの子も可愛いな」
さすが社長。特定のキャラに肩入れしないバランス感覚を見せるんだなと恵衣子が感心していると、なんと、颯斗が指を出してツンと縫いぐるみを突くではないか!
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