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「……社長。よくお使いに来るインターンの子、いるじゃないですか」
興奮で震えそうになる声を必死に抑えて、顔を平然と取り繕いながら恵衣子は話し掛ける。
「よくお使い……。都倉君かな? 天パで眼鏡の」
颯斗は少し考えるような素振りだったが、もはや恵衣子の偏った(腐った)目には、勿体を付けているようにしか見えない。
「そうそう。その都倉君がね。社長とおんなじ、そのウサギを可愛いって、ツンツンしてたんですよ?」
ドヤりそうになるのを必死に堪えながら、恵衣子は首を傾げてにっこり颯斗にアピールした。すると、颯斗は、一瞬虚を突かれた後、余裕の微笑みを返してくる。
「へえ。俺と同じキャラを気に入ったのか。趣味が合うのかな」
その日の夕方、今度は千尋が、大量のコーヒーを買いに来た。何か会議でもあるのだろう。夕方でもあり、少し疲れ気味だ。
「都倉君、お疲れ様。ねえねえ。昨日来てくれた時、あなた、そこのウサギをツンツンしてたわよね」
「はい。そうですね。可愛いなって思ったので」
千尋はキョトンと目を丸くして、何のことだろうという表情だ。
「今朝、一ノ宮さんがカフェに来たんだけど、あなたと同じウサギを気に入ったんだって。彼もツンツンしてたの!」
わざとテンション高めにはしゃぎ気味に伝えると、千尋は耳まで真っ赤になった。
「都倉君もウサギを気に入ってたって教えたら、『趣味が合うのかな?』って言ってたわ」
「……あ、一ノ宮社長が……。そう、なん、ですね……」
どもってさえいる。この照れ方。間違いない。千尋は颯斗に気があるのだ。颯斗も、ポーカーフェイスを装ってはいたが、明らかに千尋を意識していた。恵衣子は『はや×ちひ』を確信し、内心快哉を叫んだ。
それから程なくして千尋が華麗な変身を遂げ、可愛らしくルックスをアップデートした時も、店員たちは「恵衣子さんすごい……」とその慧眼に敬意を表した。
千尋に「誰と付き合っているのか」と鎌をかけたら、素直にサムライの社員が相手だと白状した。
「千尋ちゃんの相手、誰ですかねー?」
「恵衣子さんの推しは社長ですけど、それはさすがに……歳の差もあるし」
「男の人なんですかね? 本当に。まさかですけど、鬼沢さんとか、そういうのはナシですか?」
カフェ店員たちは俄に活気づいたが、恵衣子は、颯斗に確認する機会がなかなか得られず焦れていた。どうにかして、彼に疑問をぶつけてみたい。そして、反応を見てみたい。
しかし、直接本人に問いただす前に、千尋の相手が誰であるかはアッサリ判明した。
休日に、颯斗と千尋が連れ立ってビルに現れたのだ。どうやら、デートの前に、颯斗が片付けなければいけない仕事か内密な打合せがあるらしい。しかし、今日はオフィスの中まで千尋を連れていけないようで、「カフェで待ってて」というような会話を交わしている。
それどころか、颯斗は千尋にキスまでした!!!!
店に向かって千尋が歩いてくるのに気づき、恵衣子は慌てて食器の整理を始めた。いかにも「私、今、忙しいから外なんか見てませんでした」とアピールするかのように。店に入ってきた千尋は、何となくぎこちない。恵衣子が自分たちを見ていたのではないかと思っているようだ。
「あらー都倉君。休日に珍しいわねー。この近所で用事でも?」
「……ええ、まあ」
「カフェラテでいい?」
「……はい」
口数少なに、いつも飲んでいるカフェラテを受け取ると、窓際の席に座り、スケッチブックを取り出して絵を描き始めた。次第に表情が真剣になる。こういう姿を見ると、ああ、この子はデザイナーなんだなと改めて実感する。絵を描いたり、ちょっと手を止めて窓の外を見たり、時折スマホを見たり、いかにも若い子が時間を潰している風情を、じろじろ見ていると悪いので、備品の発注などをしながら、ちらちら盗み見する。
そもそも買い物をするのに颯斗のプリペイドカードを使っているのだから、君たち隠す気あるのかいと突っ込みたくなるが、長年の客商売で培ったスルースキルで平然とした表情を保つ。そう、颯斗はレアな限定デザインのカードを使っているから、恵以子にはバレバレなのである。
二時間も経たないうちに、颯斗がカフェに現れた。
「ごめん、千尋。お待たせ」
颯斗は千尋の隣に腰掛け、肩に手を回してイチャイチャし始めた。
「は、颯斗さん……」
千尋はチラチラ恵衣子を恥じらうように見て、颯斗の肩を押し、人前だから控えてほしいと訴えているが、颯斗は全く気にする様子がない。
「大丈夫だよ。恵衣子さんはとっくに気づいてたから。ね?」
くるりとこちらを振り返って颯斗が言うものだから、さすがの恵衣子も赤面した。ぶんぶん音がしそうな勢いで激しく頷いた。
「でしょ? ……恵衣子さんには、『あんた千尋のこと気に入ってるんでしょ』ってズバリ言われたからね。俺、仕事柄ポーカーフェイス得意なんだけど、そんなにダダ漏れなのか、やべーなって思ったんだよ」
そう言いながら、颯斗は愛おしげに千尋の髪を長い指先で梳く。千尋は少し照れたように口を尖らせているが、隠す必要がないと分かり、甘えた表情で颯斗を上目遣いに見ている。
美形同士のイチャイチャ(しかもオフィスラブの休日出勤)尊い……!
恵衣子のSAN値は爆上がりした。
「腐女子歴も長くなったけど、三次元でこんなエエモノ見せてもらったのは久々、っていうか初めてかもしれない……」
うっとりと頬を染め目を輝かせて呟く恵衣子に、店員たちは、「きーっ、次の休日出勤は私が!」とシフトを争い合ったという。
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