第1話

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第1話

 新しいクエストを前にした勇者のように、少しの不安と大いなる期待に胸を膨らませ都倉(とくら) 千尋(ちひろ)はベンチャー企業・サムライゲームの受付に立つ。頭の中では、サムライの代表作『ぼくらの伝説』のオープニングテーマが鳴り響く。  今日は千尋のインターンシップ初日だ。この機会を入社に(つな)げたい。大きく息を吸いながら受付を見渡すと、主人公のバディである耳の垂れた足の短いユーモラスな姿の子犬・ミミの縫いぐるみが飾られている。 「おわっ、ミミがいるぜ! 我が友よ。サムライでの僕のクエストを応援してくれな?」  受付で一番お気に入りのキャラクターと会えるなんて幸先(さいさき)がいい。インターンシップの順調な滑り出しを予感し、主人公になった気分でミミと小さくグータッチする。  ドキドキしながらオフィスへと足を踏み入れた千尋の目に最初に入ったものは、(しかばね)と見まごう社員たちの姿だった。机に突っ伏している者、幾つか椅子を並べて寝ている者、床の上に寝袋を敷いている者すらいる。十人ほどが泊まり込んだようだが、全員完全に意識を失っている。  新機能以外のインフラ増強や基盤改善といったリリースは、ユーザーが少ない深夜に行われ、その後もバグなどに備え監視体制を敷く。きっと昨夜リリースがあり、社員が寝ているということはうまく行ったのだろう。一瞬ぎょっとしたものの自分なりに合点が行き、忍び足で歩みを進めようとした時。  窓際で椅子に仰け反るように(もた)れていた男がむくりと頭をもたげ、鋭い視線で千尋を射抜いた。 「……お前、誰」  長い茶髪は一見軽薄そうだが、眼光の鋭さは、まるで(さむらい)だ。 「お、おはようございます! 今日からこちらでインターンをさせていただく、MEL専門学校二年の都倉 千尋です」  直立不動でしゃちほこばり、窓際の男にぎりぎり聞こえる程度の小声で名乗った。 「あー、そういうこと」  彼は大きなあくびをしながら両腕を持ち上げて身体をぐぐっと伸ばし、椅子から立ち上がる。ラフにポニーテールに括った髪は崩れ、無精(ぶしょう)(ひげ)も伸びている。パーカーもよれよれで、ゆらりとした立ち姿は侍どころか落ち武者ではないかと思った瞬間、プリペイドカードを渡された。 「一階のカフェで、コーヒーをポットで二つ買ってきて。スチームミルクもひとポット。それとサンドイッチ十人分。サンドイッチは出来上がったらここに配達してくれって」  初めて目の当たりにした修羅場の迫力に圧倒され、コクコクと何度か頷き、回れ右をしてエレベーターホールへ走った。  あの眼光鋭い男性は、カリスマ社長・一ノ宮(いちのみや) 颯斗(はやと)だろう。大手エンタメ企業や中国韓国企業といった強豪ひしめくゲーム業界で、ここサムライゲームは新進気鋭のベンチャーとして名高い。その若き才能を率いる颯斗は「業界の風雲児」と注目され、そのルックスの良さも相まって頻繁にメディアに取り上げられている。千尋はいつも貪るように颯斗のインタビューに目を通してきた。 「日本から世界の人に愛されるゲームを。ゲームの世界に多様性を」  それが彼の主張だった。サムライの人気ゲーム『ぼくらの伝説』、通称『ぼく(でん)』の主要キャラは、どれも一般的なヒーロー像とは異なる。女性やお年寄りもいるし、型通りの性格や見た目をしていない。千尋は『ぼく伝』を知りその世界観に魅了され、以来、ここで働くことを目標にしてきた。しかも颯斗は、綺麗に日焼けした肌に爽やかな笑顔、花柄やゼブラ柄など派手な柄物のジャケットをサラッと着こなす、ハンサムで精悍な男性だ。千尋は心密かに大好きなディズニープリンスと重ね憧れていた。それだけに、落ち武者みたいな実物とのギャップは衝撃だった。
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