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第3話
インターン初日はトラブル対応の修羅場だったが、翌日、千尋は改めて仕事の説明を受けた。
「社員の作ったテストケースと、総務の手伝いをしてもらうから」
総務担当では、髪が長く、すらりとした女性社員が指導係だと名乗った。
「鬼沢です。都倉君には、郵便の仕分けと各担当への配送をお願いするわね。それと、社長がコーヒーをご馳走してくださることがあるんだけど、その時は一階のカフェにお使いに行ってちょうだい。インターンに外線を取ってもらうことはないと思うけど、マスコミの方やクレームのお客様だった場合はすぐ総務に回してね」
神妙に千尋は頷いた。
「社長はお忙しい方だから、私を通さず直接話し掛けるのはやめてね。コーヒーや郵便も私から渡すから」
てきぱきした物言いに気圧されて従順に頷くと、鬼沢は満足げだ。
颯斗は社内ではムスッとしていて、近寄りがたいオーラを出している。社長室はなく、社員と同じフロアに机を置いているが、ごく少数の社員としか口を利かない。近くを通り掛かれば、机に積み重なっている書類も嫌でも目に入る。月次報告、トラブル再発防止策の検討結果報告、外部企業とのコラボレーション企画書など、タイトルを見るだけで頭が痛くなりそうだ。怖そうな彼に直接コーヒーや郵便を渡さなくて済むのは渡りに船だと思った。
雑用も快く買って出る千尋に対して、他の社員はおおむね親切だ。和みや癒やしになればと、お使いを頼まれた時はコーヒーカップに一つずつ似顔絵や緩いイラストを手描きしている。これが特に好評だ。
ある日、鬼沢がいない時に限って颯斗宛ての速達が届いた。普段は直接のアクセスを禁じられているし、眉間に皺を刻んでいる社長には話し掛けたくない。しかし、急ぎで必要な書類だとしたら、渡さなければ後で怒られるかもしれない。やむなく、予防接種で嫌々動物病院に連れてこられた犬のように、へっぴり腰で声を掛けた。
「あのぉ……、一ノ宮社長」
ぎろりと睨み付けられた。
「あ?」
面倒臭そうな表情と声に、その場で回れ右して逃げ出したかったが、なけなしの勇気を振り絞って、蚊の鳴くような声で訴えた。
「社長宛ての速達です」
ひったくるように千尋から封筒を取り上げ、念入りに確かめている。インターン先の社長宛ての手紙を勝手に開ける度胸など、小心な千尋にあるわけないのだが、彼は疑わしそうにじろじろと千尋を眺め回す。
「なんでお前がこれを持ってるんだ?」
「今日は鬼沢さんがいないんです。でも、これ速達だったので」
颯斗はまだ何か言いたげだったが、封筒に開封された形跡がなかったことで千尋への疑いはいったん晴れたらしい。
「もう行っていいぞ」
封筒を開けながら、早く目の前から立ち去れと言わんばかりに顎をしゃくる。
ぺこりと頭を下げて、そそくさと下がる。いいことをしたつもりだったのに、颯斗からは褒められるどころか、まるで泥棒のように見られてがっかりした。
リフレッシュルームで飲み物を買い、椅子に腰掛けて大きな溜め息をつくと、掲示板の貼り紙に気づいた。
「社内コンペ・君が描いたキャラを『ぼく伝』に登場させよう! グランプリは商用サービスへの採用確定。誰でも参加可」
俄に心臓がドキドキし始める。インターンではテストや総務担当のお手伝いをしているが、千尋は本来デザイナー志望だ。ぜひ自分も応募したいと思った。
だが、ゲーム好きなら誰もが知っているサムライの看板商品だ。社員なら誰だって自分のデザインを採用されたいだろう。
チラシを見たのは募集開始初日だったらしく、社内はその話題で持ちきりだ。先輩たちの興奮ぶりを見ると、とてもインターンの立場で応募したいなどと言い出せる空気ではない。それでも、どうしても諦められない千尋は、夜に自宅でこっそり、コンペ用の作品作りを始めた。
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