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第4話
アイデア出しはスケッチブックに手描きでしている。ラフを描いて、満足行くものができたらスキャンやトレースを行い、デジタル化する。だから、アイデアの源泉であるスケッチブックは肌身離さず持ち歩いている。
ある日、先輩の作ったシナリオに沿って次バージョンの試験をしていると、鬼沢に呼ばれた。
「都倉くーん、ちょっと来て」
「……は、はいっ!」
慌てて立ち上がった千尋の机から、バサバサと書類が落ちる。その中には、スケッチブックもあった。目ざとい先輩はすかさずそれを見つけ、手に取ろうとしている。
「あ、あの」
自分のスケッチブックは見て欲しくない。コンペ用のラフ案も載っているのだ。
「都倉、早く行けよ。鬼沢に呼ばれてるじゃん。あいつ、こえーからな」
「そう言えばお前、デザイナー志望だろ? 見てやるよ」
おろおろする千尋の背中を先輩にそんな風に押されてしまうと、「じゃあ、お願いします」と言うしかない。千尋は不安を覚えながらも、鬼沢の元へ急いだ。
彼女の用件は書類整理だった。千尋には緊急性が理解できなかったが、「監査があるから月末までに揃えておかなきゃいけないのよ。もし見当たらない書類があったら、営業や開発に『出せ』って催促しなきゃいけないでしょ? みんな、締切守らないから」
彼女は愚痴なのか自慢なのか分からない発言を繰り出しながら、これはそこ、と千尋に指示して重たいファイルを棚に納めさせた。
自席に戻ると、先輩たちが千尋のスケッチブックを囲んで微妙な表情で立っている。嫌な予感を抱きながら、恐る恐る輪に近づく。
「お前、社内コンペに応募する気なの?」
困惑気味の声と表情から、千尋の応募が歓迎されていないことを察した。
「いえ、そんな。インターンの僕がコンペだなんて、おこがましいっスよね~。この機会に自分のデザインもしてみようと思って。家で少しやってただけで」
これまでの地味オタ人生で培った処世術でヘラヘラと卑下して見せる。
「だよな~。あんまりビビらすなよ~」
ノリのいい先輩は千尋を軽く小突く。殆どの人が満足したようにその場を離れた。しかし数人はまだ何か言いたげに残っている。デザイナーの一人がおもむろに口を開く。
「都倉。ホントは出す気だろ」
本音をズバリと見抜かれ、千尋は否定することすら忘れて立ち尽くす。その姿を見ている先輩たちは無言だが、冷ややかだ。ああ、この表情。千尋は、学生時代に自分を苛めた同級生の顔を思い出す。足が凍り付いたように動かない。追い打ちをかけるように、大げさに溜め息をつきながらデザイナーの先輩が言い出す。
「お前がコンペに出そうとしてたのって、この勇者キャラでいいんだよね? ……この作品で何を表現したいの? 思想が全然伝わってこないんだわ。それが問題だよ。インターンだからとか、それはどうでもよくて。デザイナーとして、お前はどういうキャラを『ぼく伝』の世界に羽ばたかせたいの」
自分なりに精一杯考えたつもりだったが、バッサリと否定され、ショックで湧き出る涙を必死に堪える。「アドバイスありがとうございます」と頭を下げ、すごすごとお手洗いに逃げ込んだ。技術の巧拙ではなく、心意気を指摘されたのが堪えた。
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