あの日海岸で凍えながら語り合った君へ

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「そうなんだ……。色々大変だね」 「……いえ、甘えてるだけかもしれません」  俯いて膝をきつく閉じてしまった。実習をサボったことで、責められている感じがするのだろう。 「でも私、子供は大好きなんです」  その時、初めて彼女は俺の目を見た。ちょうど陽射しが顔にかかり、希望に満ちた表情に見えた。俺の心臓がトクリと跳ねた。 「どんな感じで好きなの?」 「うちの学校、教育実習が週に一回授業に組み込まれてて、変わったやり方なんです」  うちの大学の教育実習は、短期集中で行くと聞く。 「へぇ……」 「それで、春から見てた子たちが秋になると、出来ないことが出来るようになって、ぐんと成長してるんです。それが堪らなく愛しいというか、励まされるんです」  ズンッと胸に迫るものがあった。その気持ちはよく分かった。家庭教師で見ているミサキちゃんの顔が浮かぶ。俺は今、覚悟を問われている気がした。  そして彼女は、子供は好きだけど自分は向いていない。先生と呼ばれる側の人間ではないのではないか、と思い始めたと言っていた。先ほどの顔とは違い、表情が一気に曇った。 「あ、そうだ、名前言ってなかったね。俺はワタナベヒロト」 「私は……サイトウルナです」 「ルナちゃんか。ルナちゃんは、サークル入ってるの?」 「人形劇のサークル入ってます」    ……人形劇?  俺の目が点になっていたのだろうか。彼女は続けてこう言った。 「……あっ、変ですかね?うちの短大では、人形劇サークルに入ると、就職の際に印象が良くなると聞いて入りました」  この子はとても真面目なんだ。ハメを外すことなく、期待に応えていたら、二年目にして壊れたのかな……。四年制と違い、短大や専門学校は将来の答えを出すのが早すぎるのかもしれない。 「真面目なんだね」 「はい、よく言われます」 「ルナちゃん、喉渇いてない?奢るよ」  自販機までの五十メートルを二人で並んで歩く。海で奢るのは初めてだ。
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