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長野愛花。
これがわたしの前世での名前だ。日本の中流サラリーマン家庭に育ち、家族は両親と3つ年上の姉。
10代半ばからアイドルにハマり、お小遣いと余暇のすべてをアイドルの推し活につぎ込んだ。
わたしの推しは男性5人組のアイドルグループ、ブルームーンのニッキー。彼の日本人離れしたルックスと王子様ボイスは、まさにアイドルそのものだった。
彼らと同年代に生まれ、一緒に時代を駆け抜けていくことは至上の喜びで、神様に何度感謝したことか数えきれない。しかし、その喜びを共有できる仲間が身近にいなかったのが少し残念だった。
高校時代は、クラスの人気者のかわいい子が「わたしニッキー推し!」と言っているのを聞いて、内心とても嬉しくなった。しかし地味で真面目そうなわたしが、推しが同じ「同担」だと言ってもむしろ嫌がられる気がして、言い出せないまま終わった。
大学時代に親しくなった友人に、思い切って打ち明けたこともある。
「わたしね、ブルームーンのニッキーがすごく好きなの」
すると彼女は、小馬鹿にするような視線をこちらにちらりと向けた。
「ふーん、意外。ああいうのが好きなんだ」
その友人がたまたまアイドルに興味がなかっただけかもしれない。しかしその言葉が胸に刺さって、わたしの推し活はより内向的なものになった。
大学を卒業し電機メーカーの社員として働き始める頃には、ブルームーンは着実に力をつけ、活動の場も広げて幅広い年代のファンを獲得し「国民的アイドル」と呼ばれるまでに成長していた。
推しの話ができるのはSNSの推し活用アカウントだけで、そこでは思い切りニッキーへの愛を爆発させる。
母や姉は、ますます推しにのめり込むわたしに眉をひそめ「そろそろアイドルなんて卒業しなさい」と言っていたけれど、誰にも迷惑はかけていないのだからなにも問題ない。
そんなふうに、推しを推しまくることに情熱を注ぎ続けたわたしが、なんでいまここにいるんだろう……?
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