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多くの叫び声が上がっていた。建物が火で燃えがり、多くの人々が逃げ回っていた。
私はその光景を見ながら笑っていた。組織に歯向かう商会に罰が降ったのだ。
部下が報告をする。
「ソフィア様、計画がバレていたようでほとんど死人はいないようです。申し訳ございません」
部下は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「そう、今回は許しますが次は容赦しませんよ」
私は部下を突き放した。部下は言い訳をいくつか連ねるが私は「うるさい」と一言で黙らせた。
そのとき、ドスンっと地面へ重い物を落とす音が聞こえた。
振り返るとそこには白いローブを纏うクリストフが居た。
「貴様ら! 覚悟はできているのだろうな!」
クリストフの鉄球が私の部下達をなぎ倒していく。
あまりの強さに誰も敵わず、私は怖くてすぐに逃げてしまった。
だけどすぐに壁際に追い詰められ、彼は鉄球の鎖をぶんぶん振り回して、遠心力でどんどん加速させていた。
「どうしてこんなことをしたのですか?」
クリストフの言葉に私は虚勢を張るように大声を上げた。
「あの人たちが悪いのよ! あの方の言うことに頷いておけば──」
私の言葉が終わらぬうちに彼の鉄球が迫ってきた。
そして私は死ぬ──。
その瞬間で目が自然に開いた。クリストフと戦った時の夢を見た。
彼の手元が少しだけ狂ったおかけで鉄球が当たることはなかった。その後に他の仲間が助けに来てくれたおかげで命拾いしたのだ。
懐かしい夢を見てぼーっとしていたが、少しずつ寝ぼけた頭がはっきりし出す。
「あ、あれ? たしか生き返ってから誰かに告白されたような……」
急に意識が覚醒して飛び起きた。
「ゆ、夢!?」
先ほど宿敵クリストフに告白された気がした。
いいや、そんなことはあり得ない。
天地がひっくり返っても起きないはずだ。
「そうよね! あり得ない、あり得ない。さて私はふかふかのベッドに……」
そういえば私はなぜベッドで横になっているのだろう。
知らない部屋の誰かのベッドに眠らされていたのだ。体を起こして改めて中を見渡す。
最低限の家具だけ置いてあり、この部屋の持ち主はあまり物を置きたがらない性格なのかもしれない。
すると部屋の外から足音が聞こえてきて、この部屋のドアが開いた。
「げっ!」
部屋に入ってきた人物に思わず声が漏れた。
なんとその人物は未来の私と死闘(一方的な戦闘)を繰り広げた司祭クリストフだ。
「お目覚めですか、ソフィア嬢」
彼は未来では見せたことがない朗らかな笑顔を向けた。元々交流が無かったが、彼の笑顔は令嬢達から人気だったので、おそらくはこの笑顔にやられていたのだろう。
いくら格好よくても私にとって宿敵であることには変わらない。
「どうして貴方が私をここへ運んだのですか? もしかしてこっそりと始末するため……」
彼の眉がぴくっと動いた。やはり私を殺すためにこの部屋に連れてきたのだ。
体に力を入れて逃げようと画策していると、彼の口が動いた。
「何を言うかと思えば、まだ寝ぼけていらっしゃるようですね。先ほどのパーティで急に気絶したから運んだだけですよ」
想像していた答えと違い、私はこんがらがってきた。
「パーティ……? あっ!?」
そこで私は先ほどまで、リオネスの誕生日を祝うためパーティに出席していたことを思い出した。
私はそこで誤ってリオネスに婚約を破棄してしまったのだ。そうなるとここはまだ過去の世界でクリストフとは争う前の時間だ。
どうやって誤魔化そうか必死に頭を回転させた。
「そろそろ目が覚めてきましたか?」
彼はどうやら私が夢とごっちゃになっていると勘違いしてくれているようだった。
これは乗っかるべきだ。
「あはは、そうね。まだ眠くて……私、変なことを口走ってしまいました」
お互いに笑い合ってさっきの失態は帳消しにしてもらった。改めて私は彼に尋ねる。
「えっと……ではわざわざ運んでくださったのですか?」
尋ねると、クリストフは「そうですよ」とこちらへ近づいてくる。私は逃げたかったが、ここはまだ過去の世界なので彼とは敵ではないはずと、震えそうになる体に喝を入れた。
聞きたいことがたくさんあった。
「ありがとう存じます。先ほどの――」
彼は近づいて止まることなく、ベッドに膝を乗せた。そしてその手が私のあごを持ち上げて、額をくっつけた。
彼の額と重なりその体温が伝わってくる。
そこで私が何をやっているのかを理解した。
「なっ、なっ!」
唇だって合わせられるほど近い。私は突然のことに身動きすら取れなかった。
そしてやっと彼は私から額を離した。
「熱はないな」
何食わぬ顔で言う彼に、私は色々と言いたいことがあった。
「きゅ、急に何をするのですか!」
慌てる私に対して、彼はにっこりとしていた。
「恋人に熱が無いかを調べただけだ」
「こ、恋人って……」
「其方も言っておっただろ? 私と恋仲であると」
クリストフは意地の悪い顔で言う。
あれはやむを得ずに言っただけで、彼がその相手なら絶対に言わなかった。
「それに其方にとっても良かったはずだ。あのまま理由も無く王太子殿下に一方的な婚約破棄をすれば、ベアグルント家としても問題が生じる。其方はそれでもよいのか?」
彼の正論に反論できなかった。だけど彼との婚約は本当にいけない。また未来で起きた殺し合いが行われることだけは避けなければならない。
「元気になったのなら、とりあえず一度帰った方がいい。明日、正式に婚約をするために其方の家に行こう。君の侍従も心配していたぞ」
クリストフが「入れ」と言うと、私の侍従のリタが入ってきた。
「お嬢様、急に倒れてしまったので心配しておりました。さあ、帰りましょう」
無表情に近い顔だが、私は長年彼女と一緒にいるので、わずかな顔の変化も分かる。
心配させてしまったようで、私は素直に彼女と帰ることを選ぶ。
ベッドから立ち上がって、私はスカートの裾を上げて彼にお辞儀をした。
「クリストフ様、本日はありがとうございました。明日はお待ちしております」
「ええ、私も楽しみにしております」
早足で部屋から出て私は外へと向かった。そして自分の場所がやっと分かった。
大理石で出来たこの建物にはいたるところに神の肖像画が張っており、多くの白いローブを着た者達がいた。
そう、ここは間違いなく正教会所有の大聖堂だった。未来では敵だったため、ここにいることを自覚しただけで蕁麻疹が出そうになる。
どうにか外の馬車にたどり着いて、ようやく一息できるようになった。
私はリタと供に自身の屋敷へ戻る。
そして完全に二人っきりになったところで、私はこの不安を口にした。
「どうしよう、リタ! リオネス様に婚約破棄しちゃったよ!」
まだ一年もあるのなら婚約破棄なんてしなかった。だけど私はもう十八歳の誕生日パーティと勘違いしてしまったのだ。
リタは無表情だが、首だけは傾げてくれた。
「何を間違えたら婚約破棄をされるのでしょうか。ですが良かったではないですか。クリストフ猊下から求婚されたのでしたら、特に大きな失態というわけでもないのではありませんか」
リタの言うとおりだ。正教会は国とは独立した組織で、隣にある宗教大国家のお抱えだ。
さらにクリストフはこの国の司祭の中でナンバー2という破格の地位を持つ。
ある意味では国王とも並ぶ存在かもしれない。
「ですがいつの間にクリストフ猊下と親密な関係になられたのですか?」
「それは……」
私が一番知りたいのはそこだ。どうして彼が私と婚約することになったのだ。
明日に彼が来るらしいので聞くしかない。
「この話は今度するわ」
「左様ですか」
とりあえずリタはあまり興味がないようなので、そこまで追求してこない。
せっかく過去に戻ってきたのに最初から台無しだ。
ふと過去に戻ったことで、気になることもあった。
「ねえ、リタ」
「まだ何かありましたか?」
「リタってどこか体が悪かったりしない?」
リタは約半年後に命を落とす。謎の奇病の正体は分からずに、彼女は衰弱死したのだ。
だけど今のリタにその兆候は見られなかった。
「特にありませんよ」
「そう……もし何か体に不調があれば言うのよ!」
私は彼女に顔を近づけて何度も強調した。
すると彼女も「よく分かりませんが、必ず報告いたします」と少し圧された様子で答えた。
私はこれで安心と、明日に備えるのだった。
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