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ジメジメとした空気感、湿気がすごすぎて跳ねる髪。そんな中でも私は彼の為に1時間ごとにケープを使い見た目を美しく保つ。『彼のため』といってもクラスが一緒なだけで恋人とかではないし、ちょっと仲がいいだけの男の子。それでも私は彼のことが好きで、この休み時間も可愛くあるために、鏡の前に立つ。
窓を見るとこれは確実に午後から雨が降る。そう確信した私は、鏡で自分の顔を見てコンディションの良さに驚いた。顔色、目力、化粧乗りの良さ、湿気がすごい日とは思えないくらい今日の私は可愛い。雨が降るのなら今日はおそらく外練のテニスはないだろう。
よし、今日の放課後私は彼に勝負を仕掛ける。
決断したからには即行動。これが私のモットーなので、女子トイレを出て気持ちを抑えつつ、自分のクラスに戻った。
教室に入って彼を見つける。声をかける前にまず自分の顔の確認。完璧、キューティクル以外思いつかないくらい今日の私はイケてる。そんな風に思ってることは微塵も表に出さず彼に声をかける。
彼はこんなジメジメした日だというのに、黒い艶のある髪、少し焼けた小麦色の肌、友人と話してる笑顔、どれをとっても完璧だった。
彼とその友人の話が終わったようで、話しかけるベストタイミングがやってきた。
今だ!勇気を出せ私!
「お疲れ様!今日の放課後って空いてたりする?」
「どうしたんだよ急に」
確かに急すぎた。今日の私の顔が可愛すぎてタイミングとか考えてなかった。
適当にごまかしてそれでも無理そうなら勉強方面でアプローチをかけるか
「うーん、今日雨降りそうだし時間できそうだから一緒に遊んでみたいなと思って……ダメ、かな?」
上目づかいも忘れずに、ちょっと悲しそうな顔をしながら誘うのがポイントだ。見た目だけではない。声も最初は大きめに、だんだん小さくしていくことで不安さを表現し『あなたに断られたくないです』という雰囲気を演出するのも忘れない。
「お前テニス部だよな?部活大丈夫かよ」
「うん!この調子ならきっと雨で中止だよ」
ここでもまだ明るい顔をしない。そうすると図々しさがにじみ出てしまうから。もう一押しすれば行けるか?できれば余計な発言をせずこのまま決めてしまいたい。
一旦顔を背けてみるか?ジャブ打ち決めて最後にとどめのプランを考えていたところ、彼が私の大好きな笑顔でこう答えた。
「いいぜ!ゲーセンとか行ってみねえ?」
「うん!」
しくじった。嬉しすぎてこっちも満面の笑みで答えてしまった。私の中の正解は一度『本当?』と聞いて再確認させることだったのに……!奴め、なかなかやりよる。流石私が惚れただけあるということか。
「楽しみにしてるからな、午後の授業も頑張ろうぜ」
「うん!」
なに今のさわやかな笑顔。世界狙えるレベルでかっこいいだろ。顔も発言も。
それに引き換え私は何だ?さっきから『うん!』しか言ってないぞ。もっと可愛さを演出して気をひかせる予定だったのに!悔しい!
口元が緩むのを抑えきれず、歪んだ顔が形成される。やめろ!こんなの世界一可愛い私像から遠ざかっていく!早く席に戻らなくては、どうでもいい授業だが、頑張ろうぜと言われたからには頑張るしかない。だって頑張れば彼と出かけられるんだから
彼の『頑張ろう』の力は偉大だったのか私が天才過ぎただけなのか、その日の数学の小テストは私がクラス内で唯一の満点を取った。
帰りのホームルームのチャイムが鳴る。彼のあの笑顔を見てからそのことしか考えられなくなって見た目のケアをしてなかった。スマホのカメラで軽く確認すると、顔色良し、髪型良し、表情良しの完璧美少女が写ってる。これで後は彼と一緒に出掛けるだけ、そう思って窓を見ると、何と雨が降っていなかった。こんなジメジメしてるのに曇りのまま!?
どうしよう、断るしかないのか、担任が来る前に彼のもとに急ぐ。
「ね、ねえ」
「あ!お前数学で満点なんてすげえよな」
「あ、ありがとう!この後なんだけどさ、」
「女子とゲーセン行くなんて初めてだわ。プリクラとっていいか?」
「うん!もちろん!」
あー!なんてすばらしいイベントなの!プリクラなんて撮りたいに決まってるじゃない!
さあ、あとは天気!あんただけよ!私の恋を決めるために雨よ降れ!
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