禁断の果実

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帰宅してからは、避けるように彼から逃げ続けた。夕飯は時間をずらし部屋で食べた。ドアをノックされても鍵を掛け無言を貫いた。 しかし、この熱帯夜だ。喉の渇きだけは我慢出来なかった。夜中で静まり返った廊下をキッチンに向かって歩く。静かに──静かに──。 キッチンで水を飲んでいた時だ。背後に気配を感じて振り返った私は、翔也に両腕を掴まれた。思わず顔を叛ける。 「い、痛いよ。離して」 「離したら逃げるんだろ?」 そのつもりだった。これでは逃げられない。 「どうしたんだよ今日は?お前、俺を避けてるだろう!?」 「声……大きい。お父さんとお母さん起きちゃう」 「誤魔化すなよ。俺がお前に何かしたか?それとも俺に不満があるのか?」 「違う……お兄ちゃんは悪くない」 「じゃあ何でなんだ?訳を話せよ。俺たち義理でも二人きりの兄妹なんだぞ?心配するだろ?」 兄妹。その現実的な言葉は私の気持ちを抑えていた鎖を粉々に砕いた。こうなってしまったら歯止めは効かない。私は我慢していた言葉を叫んだ。 「翔也が好きだからだよ!お兄ちゃんじゃなくて森沢翔也が好き!だから井沢さんと付き合うのが嫌なの!私を彼女にして欲しいの!」 「美羅……お前……」 「ごめんなさい!」 緩んだ翔也の手を振りほどき。靴も履かずに家を飛び出した。 言ってしまった。禁断の果実を食べてしまった。もう駄目だ。もう何もかも無くしちゃう。 この家には居られない。私は罰を受けなければならない。 「美羅!危ない!」 翔也の声が聞こえ、甲高いブレーキの音がした。その刹那、体に激しい衝撃と痛みを感じた。 意識が遠退いていく……。体が動かせない……。翔也の声が微かに聞こえるけど、何を言っているのかは分からない。 ああ……そうか。まだ本当の罰が残ってたんだ。 アダムとイブに課せられた最大の罰。それは「死」だった。エデンの園で永遠の時を生きる筈だった彼らは、禁断の果実を食べた事で楽園を追放され──そしていつかは尽きる命を与えられたんだ。 私も神様の罰を受けて死ぬんだ。でも、これでいいんだよね?だって私が生きてたら翔也を苦しめちゃうもん。井沢さんと結ばれなくなっちゃう。 好きな人には幸せになって欲しいもんね……。 ごめんね翔也……ごめんねお兄ちゃん……。来世ではどうか翔也と結ばれますように……。
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