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物言わぬその女との、交流はただ一つの方法しかなかった。
それは、読書だ。
私が小説を読み、感じるものがあると彼女もそれに影響された。悲しい話を読み、私の目頭が熱くなり鼻をすするようなことがあれば、彼女は音もなく涙を流していた。それでいて、その作品に満足し微笑んでいるのだ。落ちた涙は決してカーペットに染み込むことは無かったが、その姿に私はぬくもりを感じた。
時には面白い話を読み、互いに顔を合わせて笑いあった。
つまらない作品を読むと彼女は興味がなさそうに窓の外を見つめて、物憂げな表情を見せていた。
彼女は常にそこにいる存在ではなかった。彼女は小説と強く結びついており、私が小説というものを忘れる時には彼女の姿はなくなっていた。テレビゲームをしている時や、友人と過ごしている時。
逆に心が小説に近い時、彼女は私の傍に現れた。休み時間に読んだ本のことを授業中に考えていると、先生の横にチョークを持った彼女がいる。彼女は、黒板の空いたスペースに登場人物たちの名前を書き、それを線で繋いで関係図を作っていた。
私は時折り、なんでもない瞬間に彼女のことを探してしまうようになった。それは、自分が小説から離れていることを自覚してしまう瞬間であり、私はその自覚のたびに焦燥感を覚えるようになってしまった。
次第に私は他者との交流を減らしていき読書に集中するようになった。『この本を読めば彼女はどういう表情をするのだろうか』それが私の本の選考基準であり、人の顔が千変万化であるように興味の本も尽きなかった。
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