グッド・バイ

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 長者(ちょうじゃ)がそういうと、近くの女子集団のざわめきが()した気がした。彼女たちがいちいちこの()えない男二人の話に耳を(かた)けているとは思えないが、私は(はげ)しい羞恥(しゅうち)を感じて、長者の話を真剣(しんけん)に聞く気を失せてしまった。 「そうか」  そんな、テキトーな返事をしてみた。彼も何かを感じていたのか、そこから一切黙ってしまった。そして、数十分歩いて、人の気配がなくなり、川の流れと車の通過する音だけの橋梁(きょうりょう)の上でやっと話を続けた。 「男を一人抱いて死ぬんだ。私の人生はその男を探すだけの人生なんだ」  私は瞬時に聞き違いを(うたが)ったが彼の声が(ふる)え顔が赤いところと、長者を(はさ)んだ先で彼女が現れ並び歩いているのをみて、それがはっきりと口に出されたものであると理解した。  そして、私がこの瞬間を小説や文学と同列(どうれつ)の事だと意識してしまっていることも。 「長者くん、もしかして自覚しているってことなのか?」  私ははっきりと言葉にしなかった。そのことを口にすることが禁忌(きんき)であると思っているわけではない。私の中でそれを表す言葉が無数に存在していた、ホモ・同性愛者・男色(なんしょく)。でも、そのどれもが私の口から出ると、その新たなる意味を()き違えたニュアンスで出てしまうような気がした。 「まぁ。(くわ)しく話すつもりはないんだ。そして、君に好意(こうい)を持ってるわけでもクラスの男子に好きな奴がいるというわけでもない。ただ、君になら話せる気がした」  それはたぶん、私が読書家だからなのだろうか。彼としては、私にそれを伝えることでなにか読書家らしい知識人(ちしきじん)的な理解ある回答がでると期待してものだったのだろうか。  ならばそれは、まったくもってから回った期待というほかない。私はその言葉を聞いても、何も答えることができなかったからだ。  私は自分の中に答えを見つけることができなかったわけではなかった。むしろ、その答えを探していた。  私は、長者ではなく彼女と会話していたのだ。  彼女は長者の言葉に動揺(どうよう)を一つも見せずに、澄ました顔をしているのだ。何も気に()めない、しかしそれでいて何かを深く考えるように空の高いところを見つめていた。  しばらくすると、彼女はこちらを向いて「わかってるだろ?」とからかうように微笑(ほほえ)んだ。
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