2人が本棚に入れています
本棚に追加
長者がそういうと、近くの女子集団のざわめきが増した気がした。彼女たちがいちいちこの冴えない男二人の話に耳を傾けているとは思えないが、私は激しい羞恥を感じて、長者の話を真剣に聞く気を失せてしまった。
「そうか」
そんな、テキトーな返事をしてみた。彼も何かを感じていたのか、そこから一切黙ってしまった。そして、数十分歩いて、人の気配がなくなり、川の流れと車の通過する音だけの橋梁の上でやっと話を続けた。
「男を一人抱いて死ぬんだ。私の人生はその男を探すだけの人生なんだ」
私は瞬時に聞き違いを疑ったが彼の声が震え顔が赤いところと、長者を挟んだ先で彼女が現れ並び歩いているのをみて、それがはっきりと口に出されたものであると理解した。
そして、私がこの瞬間を小説や文学と同列の事だと意識してしまっていることも。
「長者くん、もしかして自覚しているってことなのか?」
私ははっきりと言葉にしなかった。そのことを口にすることが禁忌であると思っているわけではない。私の中でそれを表す言葉が無数に存在していた、ホモ・同性愛者・男色。でも、そのどれもが私の口から出ると、その新たなる意味を履き違えたニュアンスで出てしまうような気がした。
「まぁ。詳しく話すつもりはないんだ。そして、君に好意を持ってるわけでもクラスの男子に好きな奴がいるというわけでもない。ただ、君になら話せる気がした」
それはたぶん、私が読書家だからなのだろうか。彼としては、私にそれを伝えることでなにか読書家らしい知識人的な理解ある回答がでると期待してものだったのだろうか。
ならばそれは、まったくもってから回った期待というほかない。私はその言葉を聞いても、何も答えることができなかったからだ。
私は自分の中に答えを見つけることができなかったわけではなかった。むしろ、その答えを探していた。
私は、長者ではなく彼女と会話していたのだ。
彼女は長者の言葉に動揺を一つも見せずに、澄ました顔をしているのだ。何も気に留めない、しかしそれでいて何かを深く考えるように空の高いところを見つめていた。
しばらくすると、彼女はこちらを向いて「わかってるだろ?」とからかうように微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!