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私の人生に彼女は欠かせなかった。私の興味の中心にいるのは彼女でしかない。最初は読書だけであったそれは、長者との出来事のように日常にまで侵食してきていたのだ。
私が、ふと日常の中で文学を感じる瞬間に彼女は現れ小説では見せない表情・仕草をみせる。その中でも、やはり別れは劇的だ。
大学時代、私の今までの人生の中で唯一の交際相手ができた。千賀は私が大学3年次の時、住んでいたマンションの近くにあるショッピングモールのカフェでバイトをしてた時の後輩だ。
「付き合ってください。私、今彼氏がいるんですけど、それでもいいなら」
そんな、告白だったものだから、彼女が現れて千賀の肩を叩いてしまったのだ。
「いいよ。自分は今、彼女いないし」
その瞬間の私は自我を持っているか怪しかった。彼女のために、私は物語の何者かを演じようとしていた。彼氏がいるのに、告白をしてくるいかにも危うい後輩。自分がこの後、どれほど惨めな思いをしても、読了した小説程度しか記憶にないように思えた。
千賀は私の前では、言い訳するように「彼氏とは別れてないだけでずっとあってないです。機会がないからずっとお別れできないでいるだけで」と語っていた。
それが、嘘か本当かはそこまで重要ではなかった。千賀がそのような言葉を吐いたことが重要だ。こんな言い訳をしながら実は何でもないように彼氏と会い、私との浮気を隠そうとしていたとしたら、私の中で確固たる惨めさが生まれるだけだ。
その惨めさが、彼女の表情を引き出すだけなのだ。
しかし、この千賀という女は何を思ったのか早々に彼氏との縁を切ったと言い始め、こんな私に尽くしてくれるようになった。彼女は常に話題を振る側であり、私がどれほど曖昧でテキトーな返事を返しても、楽しそうに言葉を続ける。その姿に、私は疑問を持つことさえ何か悪いことのように思えだした。
踊らされるだけ踊ってやろうと私は思った。そう思いながらも、本当に彼女を大切に思えていたのかは、定かではない。
ある日電話越しに彼女と話している際、本当に何もない深夜の事。彼女がふと、現れて。『グッド・バイ』を呟いたのだった。
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