グッド・バイ

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 彼女が現れた瞬間から、私はその予感(よかん)を感じていて。心の底から「やめてくれ」と懇願(こんがん)したはずだった。しかし、その懇願こそ彼女の表情を最高に引き立てたのだった。  別にそれは呪いの言葉ではない。深い眠りの中、甘い夢の奥底から引っ張り上げる目覚ましのようなもの。彼女が『グッド・バイ』を口にすることで、私は私として目覚めるのだ。  これは、誰にでもある事だろう。人付き合いのなかで、ある日急に冷めてしまう。それが、彼女という形で表に出たに過ぎない。  また、そういう冷めについては実は認知の裏側。意識のしない自然的な部分での進行があるものだ。私にとってそれを今言葉にしてみるなら、文学さの欠如(けつじょ)と言えるだろう。  彼氏がいるのに告白をしてくるような女。そんな千賀が私の興味の対象であり、私に尽くしてくれるようになった彼女に「なんか違う」という身勝手を感じていた。それが身勝手であるとわかってるが故に、意識の先に追いやりこの関係を続けた。  彼女の『グッド・バイ』はそれらすべてを鮮やかに目の前に()()けてくるのだ。そうして、一度認識してしまえばもはや、目の(はな)せないものとなる。  それでも、私自身に『グッド・バイ』を言える口はなく、彼女との関係は引きずるように続いてしまった。  最終的に1年ほど続いた頃に私は「内定をもらった会社の勤務(きんむ)先が県外になり遠距離になってしまう」という理由を得てやっと別れを切り出せた。  なぜ、千賀がそこに至るまで私を捨てなかったのかは全く分からなかった。いつその時が来てもいいように私は覚悟をしていたし、そうなる理由もあったはずだった。  でも、私の言葉を聞いて千賀が涙を(あふ)れされるのをみて、私はこの世の中で最も(おそ)ろしい(ばつ)を受けているような心地になった。自分はどこか大きな間違えをしているのに、その間違えが一体どこにあるのかわからない。  わからない私は、人間ではない。何か違う化け物である事を突きつけられるような。そんな私の戸惑(とまど)いのなかで、彼女は現れ、「可哀(かあい)そうに」と千賀の頭を()でて私に微笑んで見せた。
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