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二十四歳になった私は、文学的理由により会社を辞めた。これについての詳細は省くが、2時間半の説教の後に解放されて、もう会社に行かなくて良くなった私は、暗い帰り道の途中、人気のない通りで思うがままに体を動かし踊った。
私の技術のかけらもない踊りに彼女は手をとって合わせてみせた。
仕事に行かなくなった私は、また変わらず読書を続けた。いまだに、彼女の表情はページを捲るたびに新たな発見を見せてくれる。
だが同時にその表情は私を不安にさせた。私はまだ若いとしても人生を幾分か乗り越えてきた身であり、社会も経験した。小説をたくさん読んだ。だから、このまま彼女に捧げる生活を送った先にどんな結末がまっているのか、この先どうなっていくのかある程度理解してきている。
私は、彼女のために人生を過ごし、本を読んでいる。だというのにそういった経験によって彼女に尽くすことへの現実的な不安・苦悩に苛まれていく。
できることならすべてをリセットしてみたい。
『マノン・レスコー』を読んだあの日のように、目の前に現れた彼女にすべてを捧げると誓ったあの日まで。
私の人生のあらゆる場面で『グッド・バイ』を囁く彼女だが、いまだに私にその言葉をかけることは無いのはなぜか。
それは、私には一切の陶酔がなく心の水面下でさえ私は彼女から離れることを渋っていることの証明であった。
どうしようもない結論。私はいまだ、君に恋をしているのだ。
それゆえに私も彼女に対して別れを口にできない。不安を押し込めて、この生活を受け入れる。
いまだに人生は途中経過。未完結の物語。
先の展開が見えるからと言って、そのページを捲らない理由にはなりはしない。どうか、これから先も虚無や現実といった引力がこの心を引っ張って崩してしまわないことを願うばかりだ。
そして、今日もまた一つ小説を読み終えた。本を閉じた時、一人の女が私に寄り添った。
薄い笑みは満足そうでありながらも、唇の端が少し動いているのを見るに物足りなさもあったのだろう。
少し将来の不安に感傷を抱いていたせいだろうか。長者の言葉が今になって蘇ってきた。
――「なぁ、君は死ぬならいつ死にたい?」
いまなら、その答えは口に出る。多分、長者の望む答えではないだろうが。
「今は三十で死にたい。それでも、死にきれないなら四十だ。そして、五十。六十……」
あぁ、どうかこれからもよろしく頼む。
いまだ見知らない君の表情。数々の出会いと別れ、この身に余る文学。
いくらの惨めも最後の時には幸せなんだろう。そうして、最高の笑顔で君に看取られる。
それこそ僕らのグッド・バイさ。
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