グッド・バイ

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 読者諸君(どくしゃしょくん)にはまず、事の始まりからお伝えするのが良いだろう。  高校2年生の夏休み前、私は一冊の小説を読み終えた。その瞬間(しゅんかん)一人の女が私に()()った。  彼女は物言わぬ存在であり他人の認知(にんち)の外にいた。ムーミン谷のスナフキンのような、全身を外套(がいとう)ですっぽりと収めて、つばの広い帽子(ぼうし)をかぶった()ました表情の女であった。  それは、私だけの存在。  彼女はどこかファムファタール的な妖美(ようび)を持ち合わせており、仕方なく私は彼女に己の人生、その一切を注ぎ込もうと考えた。  これはそこまで異常(いじょう)なことではないのだ。重ねて記すが彼女は他人には見えない存在であり、私だけの存在である。それすなわち、私の一部であるといっても過言(かごん)ないものなのだ。(きた)えあげた自慢(じまん)の筋肉に()()むことや、目の下のほくろにうっとりして(かがみ)を何度も見るような。そんな、ナルシズムに通ずる。  しかし、それは(こい)でもある。  急な展開(てんかい)かもしれないが。原因は私の読んでいた本にある。  その時私が読み終えた作品はフランス文学の『マノン・レスコー』であった。名家に生まれ、学術(がくじゅつ)(ひい)でた将来有望な若者が一人の女性に恋をしたせいで人生のあらゆる善良(ぜんりょう)選択(せんたく)をふいにしていく物語だ。  そもそもの始まりは、気取って太宰(だざい)を読み衝撃(しょうげき)を受けたことだった。もっとお(かたい)い大人の読み物だと勘違(かんちが)いしていた私は、それを読み終え自分が何かを感じることができたことに(おどろ)いた。  その後ほかの『文豪(ぶんごう)』なる人の作品をいくつか読んだが、それは想像通りの難しさがあり、当時の私にはあまり響かなかった。では、海外文学はどうかと思って近所のブックオフで見つけたのが『マノン・レスコー』だった。マノンという(ひびき)きがいかにも海外的で、どこか文学の(にお)いがした。  そうして読んでみると、その内容に強く()かれて、若き歳でありながら、私は自らの破滅(はめつ)の人生を夢想(むそう)してしまった。  そして、現れた彼女。彼女こそ、破滅の象徴(しょうちょう)である事に違いなかった。
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