雨が降れば必ず

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 次の日、逆さてるてる坊主の効果がでたのか、朝から雨が降っていた。ぶら下がっているそいつに、ちょんっと指を当てて、心の中で『サンキュ』とお礼を伝える。  まさか自分が雨の日をこんなに待ち遠しくなる日が来るなんて思ってもいなかった。  わんわん泣く充に手を伸ばされて「怪我はない?」と優しく問いかけられたのを、たまに夢で見る。  でも、その顔は思い出せなくて――。  目を開けるといつも頬に涙が伝っていて、それを拭いながらぐっと拳を握りしめる。  あの時のあの人は、いまどこで何をしているんだろう?  助かったのだろうか?  確かめたくても確かめる術がない。  そんな自分が雨を楽しみにしていて、会いたいと思える人に出会った。  きっと彼もどこかで生きてる――そう信じたい。 「今日は止まないな」 「そうだね。お客さん少ないし、後は俺がやっとくよ」 「そうか。じゃあ、頼むよ」 「わかった。帰りに鍵届けにいくから」 「よろしく」  いつもより客足が少なかったこともあり、祖父に声をかけると祖父は自宅へと帰っていった。  バイトといっても身内ということもあり、色々なことを教えてもらっている。  閉店作業もしっかりと教わっているから、たまにこうして客足の少ないときは変わりに店に入ることだってある。  一人になった店内――さっき帰って行ったお客さんの後片付けをしていると、店のドアが開く音がした。 「いらっしゃいませ」 「こんばんは」 「どうも」 「今日もセットで」 「はい」  入ってきた瞬間に一気に血の巡りが早くなったのを感じながらも、笑顔で接客をする。  いつも座る座席に腰を下ろしたのを確認すると、お水の入ったコップとおしぼりをトレイに乗せてから運んでいく。 「とりあえず、こちらをどうぞ」 「ありがとう」 「では、ベイクドチーズケーキとコーヒーのセットをすぐにお持ちしますので、少々お待ちください」 「はい」  コップとおしぼりをそっとテーブルに置き、カウンターの中へ戻ると、チーズケーキを取り出し、煎り立てのコーヒーをカップに注ぎ、トレイに乗せて運んでいく。  今日は、名前だけでも聞こう――。雨が降った時点でそう決めていたこともあり、近づくにつれ脈が速くなっていくのを感じていた。 「お待たせしました」 「どうも」 「あ、あの……俺、西崎充っていいます。名前、教えてもらってもいいですか?」 「もちろん。僕の名前は、飯柴(いいしば)健です」 「いいしば……さん?」 「はい」 「えっと、あの……」  続きの言葉が言えずに俯いていると、飯柴さんが充の腕をとんとんと軽くたたいてくる。  視線を向けると、見上げるようにこちらを見ている彼がいた。 ――とくん――  まるでその目に吸い込まれてしまいそうで、でも逸らすこともできなくて、みるみるうちに顔が赤くなっていくのがわかる。  そんな充を見て、くすりと笑われたことに気づく。 「もし、迷惑じゃなかったら……僕たち、友達にならない?」 「……はい」  真っ直ぐに見つめられて問いかけられた言葉は、たった今自分が伝えようとしていた言葉で、静かに頷きながらも何だか可笑しくて、顔を見合わせて二人して笑ってしまう。 「これから、よろしくね」 「こちらこそ、よろしくお願いします」  そう言ってお互いにもう一度恥ずかしながらも笑顔を見せると、「ごゆっくり」と残して充はカウンターへと戻った。 「ごちそうさまでした」 「こちらこそ、ありがとうございました」 「また、いつか……」  支払いを済ませて帰ろうとしたその背中を見つめながら、充は何故か胸の奥がざわざわしていた。   「あのっ……、どうしていつも雨の日なんですか?」 「雨の日じゃなきゃ外に出れないから……かな」 「太陽が、にがて……とか?」 「まあ、そんなところかも……」 「また、会えますか?」 「会えたらいいね。充くんが元気で笑顔の似合う子で良かった」 「えっ?」 「それじゃあ……またね」  最後に飯柴さんは優しく微笑むと、背を向けて店から出て行った。  彼の帰ったテーブルの後片付けをしようとトレイを持って向かえば、そのテーブルがひんやりと冷たい空気に包まれている。  確かに店の中は、梅雨だというのに冷房がつけられていて寒がりな人なら肌寒く感じるかもしれないけれど、それでもこれほどに冷たさが残るものだろうか?  それに彼の最後に見せたあの表情は、まるでもう会えないと思わせるような優しいのにどこか寂しそうなものだった。
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