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ある雨の日、バイトが終わって帰ろうとした店のひさしの下で見つけたのは、震える彼の姿だった。
「どうしたんですか?」と慌てて駆け寄る充に、「大丈夫だから、触らないで」と体を後退させられて、思わず伸ばした手を引っ込める。
それでも震えている姿に、一度引っ込めた腕を再び伸ばすと、彼の体を包み込んだ。
「えっ、あっ、飯柴……さん……?」
腕の中にいるはずの彼の体がどんどん透けていて、一体、今目の前で何が起こっているのか? 彼は何者なのか? という思いと同時に、今にも消えてしまいそうなその体を消えないように必死で抱き締めることしかできないでいた。
「もう、今日で最後かもしれない」
「最後って……?」
「せっかく友達になれたのに、神様は永遠を与えてはくれないみたいだね」
「なに、言って……」
「僕は、君がずっと元気で笑って過ごしてくれてたらいいなって思ってた。神様が与えてくれたチャンスに充くんに一目会いたいと願ったんだ。あの日と同じ雨の日にだけ、僕はここへ来ることを許された」
彼の言っている意味がわからなくて、だけど彼の体はどんどん冷たくなっていく――。
「君は今、幸せ?」
「はい」
「良かった……。これで僕もやっと……」
「あっ、あ、飯柴さん! 飯柴さん!」
どんどんと透けていく彼の名前を呼びながら、必死で呼び戻そうとする。
だけど、現実では起こり得ない出来事が今目の前で起こっていて、そんな中でも彼はとても幸せそうに充に向かって微笑んでいた。
「あの時、君が助かって、本当に良かった。僕のせいでもしも君が苦しんでいたら……」
「うそっ、いやだ……。ねえ、ちょっと、待ってよ」
「幸せでいてくれて、ありがとう」
「飯柴さん、飯柴さん!」
最後にふわりと柔らかく笑った彼は、充の腕の中から跡形もなく消えてしまった。
さっきまで確かにそこにあった温もりも重みも、すべて一瞬でなくなってしまった。
充は、自分の両手を見つめたまま、そこから動けなくなっていた。
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