内緒のあじさい

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星降るような空の下。右を見て、左を見て下を見る。誰もいないな。いないよな。いませんね。 よっしゃ。 オレは窓から頭をのぞかせ、腕を立て、足を出した。ひょいと身軽に飛び降りる。運動能力には自信がある。果たして柔らかに着地。 さてダッシュ――しかけたところで前方に仁王立ちの顧問がいた。夜なのに。夜中なのに。良いお年寄りはもう寝てる時間でしょ。 「篠宮~~~! なぜ逃げる!」 いや、逃げるんじゃない。一旦ちょっとだけ撤収したいだけ。ちょっとだから。必ず戻ってくるから。 「わかってんのか、お前。選抜者の特別合宿! 自ら希望して勝ち取ったやつ。5倍の選に漏れた他の奴らの気持ちを何とする!」 「あの……あの」 確かにそうなんだ。今日からテニス部の特別合宿なのだった。 毎年恒例の、創立記念日と県民記念日と土日くっつけて4日間。そこに参加が認められた10人は、カンヅメで鍛えられる権利を得た新人戦候補者なのだ。参加した先輩たちは、みなビックリするほど上手くなって帰ってきた。 オレだって。行きたくて行きたくて普段の練習死ぬほど頑張って、その高倍率の競争を勝ち抜いた……ってのに、うっかり忘れてた。 つまり今日、フツーの部活のつもりで放課後練習に出たら、そのまま宿泊場所の柔道場へと流されて、さ~っと合宿行程に突入しちゃって。 「えっと、着替えがありません。取りに帰りたくて」 「心配無用」 顧問の指さした先には、二層式の洗濯機があった。「まだ全然動くぞ」と得意げに言い、オレは一歩押し返された。 「大汗かきのお前が、常日頃着替えの2枚や3枚持ち歩いてるのは知ってる」 だから突然こうなっても困りゃしない。……というのは顧問の理屈で。 「えっと、父の具合が悪くて」 「さっき耳をつんざく勢いの電話があったぞ。よろしくってさ」 「え~と、スマホの充電器――」 「特別だ、私のを貸そう」 「……え~~~と……」 一瞬で言い訳が尽きた。うっかり者の上にごまかす術も持たない、欠点だらけのオレ。 「すみません、たかだか片道バス30分ですから。ちょっとだけ……」 「カンヅメっちゅーのは外出禁止っちゅーこっちゃ。意志薄弱のお前はどーせ菓子でも買い込むんだろ。いかん許さん為にならん!」 回れ右させられて、玄関を閉ざされた。 どうしても参加したかった大事な合宿。飛躍的に上達する大チャンスの合宿。それが実現するというのに、それすら頭から追い出されてしまう……他に気になることがあると。 はい、欠点追加発見。 つまり、オレの頭の中には小っちゃくて仕切りのない収納箱が1つしかない――要するに、単細胞。 オレは一つ息をついた。こうなったら祈るしかない。 お願いだ、雨よ降ってくれ。
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