内緒のあじさい

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あれ、あの子。 朝からカンカン照りの太陽の下、ラケットを振りまくっていたら、金網の外を自転車が通り抜けた。そのセーラー服の襟の形。この辺りじゃあまり見かけないが、遠距離通学だろうか。 どっかで見たような気がするが、どの女子も似たように見えるオレの目は節穴だと十分承知している。ただ、もし本当に以前見たことがあるなら、そのときも同じ感想を持ったはずだ。 ――可愛い。 そうにやけた瞬間、彼女が目を上げた。やばい、見とれてたのがバレる。キモイとかスケベとか思われたらどうしよう、と目をそらしたが、間に合ったかどうか。 彼女の通り過ぎた道の端に、一かたまりのあじさいがあった。赤紫の。 あんな風に。丸っこいピラピラした感じの花が咲いて欲しい。オレの鉢植えにも。 父の日にオヤジに見せたい、プレゼントしたい、母さんの好きだった花。 苗を買って、ピンクの花めざして苦土石灰を加えてアルカリ性にした土に、液体肥料を2週間に1回与え、毎日毎日水をやった。葉っぱも増えて、もうすぐ咲く。 そうしたら、オヤジにサプライズ返しをしてやるんだ。きっと、いつものあの「雄也が喜んでくれて嬉しいなあ」との、寂しさを漂わせた喜び方じゃなく。昔のちょっと鬱陶しいくらいの元気が出るはずだ。 なのに。何でこんなときに合宿。水をやらなきゃなんないのに。毎日たっぷり水をやれ、とホームセンターの店員さんに言われたってのに。 4日も水なしじゃ、さすがに枯れるだろ。枯れなくともしなしなになって、首を垂れてぐったり瀕死の状態に……。 でもサプライズなんだからオヤジに頼むわけにいかないし。じゃあ隣のおばちゃんに? いやいやあの人、おしゃべりが生き甲斐だし絶対親父に筒抜けになる――そもそも電話番号知らんわ。 だから祈るしかない。 雨よ降れよ。 しかし、飽きもせず毎日毎日晴れていた。
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