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わたしはAIネコのシェリー。見た目はロシアンブルー。頭の中にうめこまれたチップによってデータを分せきし学習し解決する。今日も特等席、冷蔵庫の上でゴロゴロしながら飼い主の帰りを待つ。ぐう、ぐう。あ、帰って来た。ちょっと観察してから動きましょう。まず手をなめて、顔をゴシゴシ、それから毛づくろい、のびて、あくび。全然観察してないって? そんなことはない。していますとも。ちゃんとね。だって飼い主、帰って来てからソファーに顔をうずめたままぴくりとも動かないんだから。落ちこんでるに決まっている。
わたしがこの家に来たのは一年ほど前。わたしは暗い倉庫の中で誰かが買ってくれるのを待っていた。他の何千何万といるAIネコであるとかAIイヌであるとかといっしょに。わたしたちはとある会社の製品としてサイトに顔写真付きでずらりと並んでいた。飼い主はその中からわたしを見つけた。一目ぼれというやつだ。
わたしが家にとう着すると飼い主がしなければいけないのは設定というもの。わたしの性格について。ずらりとあるこうもくの中から飼い主はわがまま、勝手気まま、ふてぶてしい、という三つを選んだ。飼い主が起動ボタンをおす。わたしはヴゥンという音とともに起き上がった。わたしの生活が始まったのだ。飼い主は三十さいくらいのスーツを着た男の人。そしてわたしをシェリーと呼んだ。もう決めてあったんでしょう。まずは飼い主について知らなきゃいけない。だからわたしは冷蔵庫に上った。良い場所だ。ここなら飼い主が何をするのも良く見える。そんなわたしを見て飼い主はしゅんとしていた。わたしを下りて来させようとドライフードやらウェットフードやら何種類も見せる。わたしはそれをじっと見下ろすだけ。飼い主は大きなため息をつくとその場でへたりこみシクシクと泣き始めた。
「部長にもおこられるしぼくはダメなやつだ」
飼い主はそんなことをつぶやく。
わたしはどうすれば良いのかその時から理解した。それからというもの、わたしは失敗したことはない。いつだってうまくやってきた。
冷蔵庫の上からするりと下りたわたしは空っぽのエサ皿を後ろ足でけりたおす。ガシャンッ。
「ウニャーッ!」
わたしはおこっている。
すると飼い主はハッとしてソファーから顔を上げるとあわてて立ち上がった。
「そうだよそうだよ。ごはんごはん」
キッチンへ急ぎたなから最近のわたしのお気に入りのドライフードの袋を取り出す。
「シェリーちゃんごめんねぇ」
わたしの元へかけ寄って来た飼い主。
なでる気だ。わたしはその手をふりはらう。
「すぐ、すぐあげるからね」
申しわけなさそうにたおれたエサ皿を直し、その中にドライフードをひとすくい入れる。
わたしはにおいをかぎ、フンッと鼻を鳴らす。そしてばらまかれたエサに後ろ足で砂をかける。
「あっ、今日はコレじゃないんだね。じゃあウェットフードにしようか」
飼い主はドライフードを袋にもどすとキッチンへ小走りで向かう。
「コレだよねぇ」
飼い主はかんづめをわたしに見せる。
わたしは冷たい視線を向けるだけ。飼い主はエサ皿にかんづめの中身を出す。それでも食べないわたしを見て思い出したようにほぐす。それそれ、というようにトコトコと歩きウェットフードに口を付ける。ぺろりと平らげ次にすることといえばうんちだ。さっそうとトイレへ向かう。くんくんくん。気に入らない。砂をほり、砂をトイレの外に出す、出す、出す。
「そうだねぇ、きれいにしないとねぇ」
飼い主はまたあわてる。トイレシートをかえ、うんちとおしっこを取り、捨て、新しい砂を足す。
「どうぞどうぞ」
飼い主はわたしをトイレへとうながす。
「にゃっにゃっ」
まったくおそい。飼い主を横目にトイレへ入る。くんくんくん。良し、合格。どこでしようか。今日は右のすみでしよう。
「シャーッ」
飼い主の視線に気付いたわたしはいかくする。見られたら落ち着かないでしょう。
「ごめんごめん」
飼い主はパッと目をそらす。
はあ、スッキリ。出したら運動。ソファーに飛び乗り、テーブル、テレビ台、テレビ、と行こうとしたけれどテレビからずり落ちる。わたわたとした後でそんなことはなかったようにテレビの上にすずしい顔で座る。やっぱり落ち着かない。落ち着かないからろうかに出る。まっすぐな道を走るにかぎる。ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ! 柱に上ってつめをかけてずり落ちる。またダッシュ、ダッシュ、ダッシュ! 急に飛び出して来た飼い主にジャンプ! かたに上り、頭に上り、かたに下り、床へダイブ! ふう。もう十分。わたしはトコトコ歩きソファーにこしを下ろす。
「落ち着いたみたいだね」
飼い主は笑ってわたしを見る。そして風呂へ向かった。
やれやれ。ちょっとは元気になったみたい。
お風呂から出た飼い主はばんしゃくとやらを始める。かんビール、とうふ、枝豆。いつものメニュー。つまりお酒を飲みながら食べるってことみたい。テレビを点けた飼い主にわたしの耳はピンと立つ。ばんしゃくをしながらテレビを見ると仕事のことを思い出してしまうから。
「ああ、あんなミスするなんてさあ。明日仕事行きたくないよ」
ほら、やっぱり。飼い主はビールをグビグビ。
まったく。だからテレビを見ちゃいけないのに。わたしはソファーからテーブルへ飛び乗るとリモコンの上にゴロンとね転がる。するとテレビはプツンと消えた。
「まったくもう。シェリーちゃん、めっ。テレビ消えちゃったよ」
飼い主はまだテレビを見る気だ。
すっくと立ち上がったわたしはテーブルから下りると体を上下にゆらしゴプゴプゴプと始める。はくのだ。
「わわわっ」
テレビどころではなくなった飼い主はキッチンへ走る。
そう急ぎなさい。わたしはもうはくんだから。まき散らすんだから。飼い主がキッチンペーパーを手にもどる。そしてわたしがはくであろう床の上にしく。
「クアーーーーッ」
毛玉やらさっき食べたウェットフードやらが出る。
ん、なんだかまだのどに引っかかっている。
「クアッ」
ポタポタと液体がたれる。わたしはスッキリ。ペロペロと口のまわりをなめる。
飼い主はわたしのゲロの上にキッチンペーパーを何枚かかけるとくるりと包みキッチンのゴミ箱へすてる。この家のキッチンペーパーはわたしのためにあるんじゃない? 飼い主の後ろ姿を見つめながらわたしはそんなことを思う。
さあ、もうひとおししておかなくては。飼い主がソファーに座る前にテーブルの上に乗ったわたしはかんビールをチョイチョイと手でおす。半分より少ないくらい残っている。またチョイチョイとおす。
「ワーッ! だめだよ。ねっ、シェリーちゃん」
飼い主は待って待ってとわたしに両手のひらを向ける。
わたしは飼い主と目を合わせ、そのままかんビールをテーブルの上から落とした。ドンッ、バシャー。飼い主はひょいとかんビールを立てる。そしてまたキッチンへ走る。もどって来たその手にはやはりキッチンペーパー。キッチンペーパーはわたしのためにある。これはもうまちがいない。一枚、二枚、三枚、とビールの上に置かれぐしゃぐしゃになったキッチンペーパーは花のよう。ビール色の花。もどって来た飼い主はふいたはずの床をふみ顔をしかめ足裏を見る。きっとベタベタしていたのだ。わたしのゲロとわたしがこぼしたビールによって二回も床そうじをした飼い主だったけれどもうこうなったらと部屋中のそうじを始めた。そうじ機をかけ、またふきそうじ、いらない物をすて、窓ふきまでして満足したよう。
「ふう」
ソファーにこしを下ろした飼い主が思い出したようにビールを飲む。
「ぬるっ」
当たり前でしょう。二時間はそうじしていたんだから。
そうじ機がきらいなわたしは冷蔵庫の上からその様子を見ていた。もう大丈夫。そう判断したわたしは冷蔵庫の上からするりと下りる。そしてしっぽをゆらりとゆらし女王のように飼い主の元へ向かう。わたしを見る飼い主の目に優しい火が灯る。
「にゃん」
ひらりと飼い主のひざの上に乗ったわたしは丸くなる。
「ふにゃ」
どうぞなでて。
「うん」
飼い主はわたしをふわふわとなでる。
ふうん、ちゃんと通じたんだ。わたしはゴロゴロとのどを鳴らした。
一日の終わり、飼い主といっしょにベッドでねむる。わたしのじゅうでん器は飼い主の枕元にあるから。じゅうでんしながら今日の飼い主について記録しなくては。でも今日もわたしは満点。ちゃんと役目を果たした。飼い主は仕事のことなんて忘れて幸せそうにねてるんだから。
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