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零日目
そんな日々を幾重にも重ね、ついにその日はやってきた。
最後に訪れた時と、外観がかなり変化している。敷地は二倍になっており、看板も外装も自信に溢れていた。痩せた男が一人で入るには、少し威圧的な程かもしれない。
両手で軽く頬を挟んだ。それから大きく踏み込んだ。
「AIロボットレンタルサービスにご来店ありがとうございます。こちらでは、最初に資産情報の確認をさせて頂いております」
恐らくAIであろう、受付の少女が微笑む。器用すぎる笑みは、美しかったが物足りなかった。
少女は僕の生体情報を読み、管理会社にアクセスする。アンメルとの出会いを思いだし、完璧な演技だったなと微笑した。
数秒後、オーケーの合図が出される。最低ラインの支払いも出来ない人間は、ここで排除されると言う訳だ。
「店内を見て回られますか?」
「いえ、決めたロボットがいまして。すぐレンタル出来ますか?」
「在庫状況を確認致します。型番、または名前を宜しいですか?」
「家政婦ロボットのアンメルです」
長年、無言で唱えていた名を口にする。足元が浮きそうになり、心が何だか擽ったくなった。
しかし、冷静を装い、七変化しそうな顔を押さえる。少女が瞬きし、静かにお辞儀した。
「申し訳ございません。現在アンメルというロボットは取り扱っておりません」
「えっ……」
月日が――それも何十年との大きな時間が流れれば、当然可能性はあった。しかし、彼女自身が消えているなんて疑おうとしていなかった。アンメルが滞在を望もうと、追い出されれば一溜まりもないと知っていたのに。
崩れそうになりながら、なんとかお辞儀だけ済ます。消息を探したがる足が、素早く踵を返した。だが。
「待って下さい!」
受付とは違う声が呼んでいる――その事実が僕を希望へと導く。引き寄せられるよう振り向くと、初老の女性が――アンメルが駆けてきていた。白い肌と整備服に汚れをつけている。
年月が齎す自然な変化こそあれど、彼女はやはり美しかった。
「フォア様、本当に来て下さったんですね!」
素性を確認しない辺り、彼女もまた一目で僕だと気付いてくれたようだ。
「……うん、来たよ。アンメル、君は相変わらず天使みたいだね」
少し照れ臭そうな微笑の前、跪く。それから、用意しておいた指輪を静かに差し出した。
「アンメル、どうか僕と永久契約して下さい」
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